海外版DVDを見てみた 第36回 イギリスのノワール再び Text by 吉田広明
DVD『British Noir』

『自らの刑執行人』ポスター

『彼らは暗闇で出会った』のジェームス・メイソン
かつてマイケル・パウエルの稿で触れた『自らの刑執行人』Mine own executionerはイギリスのノワールの代表作とされるが、この作品をようやく見ることができ(去年2015年3月にイギリスで発売されていたことをうかつにも気が付かずにいた)、またアメリカのKino VideoからBritish Noirなる五枚組のDVDがこれも去年2015年8月に発売され、中にこれも以前記したイギリス・ノワールの傑作『十月の男』が収められている他、今まで見ることが出来なかった幾つかの作品が(アメリカで)見られるようになった。

British Noir五枚組のうち三作
このBOX(といっても実際はBOXではなく、複数枚収められるような仕様の通常大のDVDケース)には、年代順に『彼らは暗闇で出会った』They met in the dark(43)、『十月の男』October man(47)、『スノーバウンド(雪に封じ込められて)』Snowbound(48)、『黄金の龍』The Golden salamander(50、これは51年に日本公開されている)、『暗殺者(別題ヴェネチアの鳥)』The Assassin(aka Venetian Bird)(52)が収められている。この稿では既に記述している『十月の男』を除く四作について書く。

『彼らは暗闇で出会った』はカール・ラマック監督。機密漏洩の罪により軍法会議で有罪になった男(ジェームズ・メイソン)が、自分をハメたと思われる女を探し出す。しかし彼女は直後に姿を消し、彼女が言及したコテージに行ってみると、そこにカナダから伯父を訪ねてきた女性(ジョイス・ハワード)と出くわす。コテージは無人で、暗がりの中で二人が出くわす(これが題の由来)。そのコテージにはメイソンが探していた女の死体が。しかし翌朝警察と共にやって来て見ると死体は消えていた。その死体が握っていたメモをハワードとメイソンは手に入れていたが、そこには、と或る芸能事務所の名前が書かれており、その事務所がリバプールでダンス教室を開催していることを知った彼らはそこに向かう。そこには海軍の人間も多々現れており、そこでのダンスの相手として事務所は女性を募集していたのだが、事務所はナチのスパイの隠れ蓑で、彼らは将校らしい人物が引っかかると、催眠剤を飲ませ、機密を吐き出させるのだった。真相を知ったメイソンらは、彼らの正体を暴き出す。

メイソンとハワードの思惑がすれ違って衝突したり、ハワードが真相に近づきつつあると知った一味が、リバプールに向かう列車内で彼女を狙撃するが、相席の客が網棚においたカバンが今にも落ちそうなのを止めようとして立ち上がって助かったりと言ったコミカルな場面が多く、ノワールというよりスパイ事件を背景としたロマンティック・スリラーと言うほうが正しい。スパイものとしては、機密情報が音符に変換され、それをラジオ放送で演奏することで情報を流す、という辺りスタンバーグの『間諜X27』(31)を連想させる。

『スノーバウンド』のハーバート・ロム
『スノーバウンド』では、軍隊時代のかつての上官から仕事を依頼された男(デニス・プライス)が、アルプス山上のコテージに向かう。そこで何が起きているのか監視せよというのだ。そこにはイタリアの貴婦人、その秘書(マルセル・ダリオ)、ギリシャ人(ハーバート・ロム)らがいる。貴婦人は実のところ詐欺師であり、ギリシャ人も深夜ドイツ語を話している所を目撃され、また別な男にはスキーに誘われて崖に誘い込まれて死に瀕するなど、どれも怪しい人物ばかり。実はこのコテージは、戦争末期ナチが金塊を隠しており、その争奪戦が秘かに演じられていたのだった。スキー場面など確かに壮麗なスイスの風景が生きた外景場面もあるが、基本的には一か所に集まった人々の心理戦にして会話劇。密室的な息苦しさ、ハーバート・ロムの存在感がノワール的ではあるが、これも実際ノワールというよりはスリラーものだろう。

『暗殺者』ラストの屋上の追跡劇
『黄金の龍』は次項に記すとして先に『暗殺者』について。これはヴェネチアに人を探しに来た私立探偵(リチャード・トッド)が主人公。彼はあるアメリカ人から、戦時中に彼の命を救ってくれた、レンゾという名のイタリアのパルチザンを探すよう依頼を受けるが、二人組の男から手を引くよう脅される。レンゾを知る女(エヴァ・バルトーク)はトッドに、レンゾは死んでいると話すが、実は彼は生きており、しかもヴェネチアの右派組織とつながって、著名な政治家の暗殺を計画していた。その計画を知ったトッドが阻止しようとするもその計画は実行され、しかもトッドが犯人に仕立て上げられる。レンゾが生きていることを信じない警察からも追われる彼は、脱出直前にエヴァを訪ね、レンゾの居場所を聞く。トッドを発見した警察共々レンゾを追う。レンゾは屋根伝いに逃げるが、折から鳴り続ける日曜の鐘に突き飛ばされて落下する。入り組んだヴェネチアの水路、屋根の上の追跡劇、死んだはずが生きている男、政治家の暗殺など、視覚的に見どころは多い。が、なぜパルチザンだった男が死んだ振りをしなければならないのか、また彼がなぜ政治家の暗殺に関わるのか、など肝心なところが良く分からないので、どことなく不満の残る作品ではある。