海外版DVDを見てみた 第36回 イギリスのノワール再び Text by 吉田広明
『黄金の龍』ポスター

アヌーク名義のアヌーク・エーメ
『黄金の龍』
実のところこのBritish Noir所収作のうち今回初めてのDVD化は『スノーバウンド』のみで、他はイギリスでは既に単品で、あるいは『十月の男』に関してはジョン・ミルズBOXとしてDVD化はされていた。すべて日本では未公開だが、既述の通り『黄金の龍』に関しては日本公開されてもいる。何故これだけは日本公開されているのか不明だが、ただ実際見てみると、確かにこれが所収作の中でも一等面白い。『十月の男』も傑作だが、あのいかにもノワール的な暗さは確かに当時として興業に向かないと判断されてもやむを得ないような気はする。

舞台は北アフリカ。嵐の夜に車を飛ばしていた男(トレヴァー・ハワード)は土砂崩れで道が途絶しているので、やむなく降りて辺りを調べる。すると土砂崩れの向う側にトラックが横倒しになっていて、散乱する荷物の中に拳銃がいくつも散らばっていた。そこにもう一台のトラックがやってきて、降りた二人の会話から、彼らが武器密売人の一味であることが分かる。村に歩いて辿りついた彼は、カフェ兼宿屋に入るが、そこにトラックの運転手たち(ハーバート・ロム)らがやってくる。主人公が例の道を来たと聞いてさりげなく探りを入れてくるロムを何とかかわすハワード。ハワードは自分が考古学者であり、最近沈没船から上がった古代の彫像を調査に来たと明かす。宿の娘(アヌーク・エーメ。クレジット上はアヌーク)と次第に心を通わせて行くハワード。アヌークと幼馴染の漁師があの夜トラックの運転手の一人であり密売人の仲間と知るハワードは、彼が一味を抜けたいと思っていることを知り、パリの知り合いを紹介してここを出そうとする。しかしそのたくらみはロムに知られてしまう。自分のせいで彼が死んだことを知ったハワードは、警察に助けを求めるが警察は言を左右にして非協力的、英国大使館に連絡を取ろうとするも、電話も通じず、手紙も届かない。実は地元の有力者が全ての黒幕であり、彼が一切を支配し、外への情報を握りつぶしているのだ。ハワードはロムに捕えられ、事故を装って殺害されようとする。しかし実は一味の一人であったカフェのピアノ弾きの老人が彼の逃亡を手助け、ハワードがアヌークと共に首領の家に行くと、折から発見された漁師の死体をハワードのものと誤認した英国大使館の人々がやって来ており、ハワードは彼らに真相を暴く。

嵐の闇の中を走る車、散らばる拳銃、さらに村に着いてみるとカフェには人気がなく、ただピアニストが一人ピアノを弾いている、という雰囲気のある出だし。北アフリカの強烈な光と、エキゾティシズム(思えばこのBOXに収められている作品は、『スノーバウンド』はイタリア側のアルプス、『暗殺者』はヴェネチアと、異邦の地を舞台としている)。強烈な光によるコントラストは、本作の最も重要な場面である、漁師の若者の死体が発見される場面を印象的なものにしている。その場面では、海岸に泳ぎに来たハワードとアヌークが砂丘の上でキスしているのだが、彼らのアップを捉えたカメラはそのままパンして、強烈な光で真っ白に抜けた砂丘を舐めながら下方の海辺を捉える。カット変わって、砂丘を走り降りる二人の姿を自らも移動しながら捉えるカメラの動きは、彼らの愛の高まりをそのまま伝えるかのようだ。海に入ったハワードはしかし、水面に何か黒いものを見つける。沈んだそれを追って潜った彼は、黒い海藻が揺らめく先にその黒いものを再び認める。その物体がゆっくりと回転すると、水で膨れ上がった白い顔がこちらを向くのである。白から黒、そしてまた白への強烈な転換。

映画『黄金の龍』

『黄金の龍』を見つめるトレヴァー・ハワード
ラストのハワード、アヌークとロムの追跡劇も素晴らしい。その日はちょうどイノシシ狩りの日で、ハワードらはイノシシ狩りの猟場に追い込まれてしまうのだ。ロムに追われ、狩りの犬や猟師の銃弾を逃れて逃げる二人。二人を危機に追い込むための、ためにする設定とも見えるし、実際彼らがイノシシと間違えられることもないので、そう肝を冷やすこともないのだが、しかし最後まで面白く見せようとするサービスと思えば腹も立たない。ちなみにアヌーク・エーメは主演級としてはアンドレ・カイヤット『火の接吻』(50)に続く二作目。この時十七歳(か十六歳)。瑞々しく、純朴。ピアニストを演じているウィルフリッド・ハイド=ホワイトもすばらしい。ツケでブランデーを飲む度黒板に斜線を引き、その線がいくつも溜まっていて、のんだくれと分かるのだが、彼は組織の一員でありながら、最後に裏切って主人公らを救う。

題名の『黄金の龍』は、沈没船から上がった金の像の一つ。そこに「邪悪を克服するには、それを無視することによってではなく、立ち向かうことによって為すべきだ」というギリシャ語の格言が刻まれており、われ関せずでやり過ごそうとした主人公が、事態に対して正面から立ち向かおうとするきっかけとなる。ただし、その意思が漁師の若者を救おうとして逆に死に至らしめるきっかけにもなるので、この竜の言葉は両義的である。どこかのサイトに、黄金の竜と言う宝物を巡っての争奪戦がトレヴァー・ハワードとハーバート・ロムの間で繰り広げられる旨書いてあったが、記憶違いか勘違いである。ちなみに原題はサラマンダーなので竜というより火トカゲ。