コラム 『日本映画の玉(ギョク)』 映画と読みのお話   Text by 木全公彦
『第七天国』の場合
その「7人」だが“ななにん”と読むのか“しちにん”と読むのか、実はこれがよく分からない。“7”と“4”はどのように読むのか、いつも頭をひねってしまう。

ちなみに、1から10までを訓読み、音読みに分けると、

《音読み(漢語)》
⇒イチ、ニ(ジ)、サン、シ、ゴ、ロク(リク)、シチ、ハチ、ク(キュウ)、ジュウ

《訓読み(和語)》
⇒ひと、ふた、み、よ、いつ、む(る)、なな、や、ここの、とお

数詞の読み方は、それに続く名詞や助数詞によって慣用的に決まっている。“~個”は音読み、“~つ”は訓読み、“~人”の場合は“~ニン”と読ませるなら音読みだが、“~り”と読ませるなら訓読みになる。ところが例外があって、“4”と“7”は、“シ”と“シチ”、あるいは“イチ”と“ヒチ”が音で聞くとまぎわらしいということから(とくに“ヒ”が“シ”になる江戸っ子では)、あるいは“4(シ)”が「死」につながり、“9(ク)”が「苦」を連想させるから、という理由で、縁起をかついであえてその読み方を避けることもある。(以上「みんなの日本語辞典」、明治書院、2009年を参照)。

ついでながら、「葦」をどう読むのかについても書いておこう。「人間は考える葦である」という有名なパスカルのアフォリズムがあるが、一方で「葦の髄から天井を覗く」ということわざがある。前者の“葦”は“あし”と読むが、後者の“葦”は“よし”と読む。これは“あし”というのが“悪し”につながるため、同じ字で“良し”に通じる“よし”と読ませたことに由来する。

NHK放送文化研究所では、

1)基準になる数詞の発音
イチ、ニ、サン、ヨン(シ)、ゴ、ロク、ナナ(シチ)、ハチ、キュー(ク)、ジュー

2)数詞に漢語名詞(助数詞)がつく場合の発音
イチ(ヒト)、ニ(フタ)、サン、ヨン(ヨ、シ)、ゴ、ロク、ナナ(シチ)、ハチ、キュー(ク)、ジュー

3)外来語名詞(助数詞)がつく場合の発音
イチ(ヒト)、ニ(フタ)、サン、ヨン、ゴ、ロク、ナナ、ハチ、キュー、ジュー

と定めている。

したがって、“7”の場合、「七回忌(しちかいき)」、「七代目(しちだいめ)」、「七分咲き(しちぶざき)」と読むのが正しいが、すでに書いたように聞き間違えを避けるために「七月(しちがつ)」をわざと“なながつ”と読ませる例外もある。また、後に音読みが続くのに「七不思議(ななふしぎ)」などのように訓読みさせるものもあるのだからややこしい。最近はバカを売り物にしたタレントの跋扈で、もっと程度の低いことで日本語がめちゃくちゃになっているが、もうアナウンサーでさえ「七代目」を“ななだいめ”と読んでいるし、先日なんか「第七管区自衛隊」のことを安倍晋三総理は“だいななかんくじえいたい”と言っていて、テレビを見ていて唖然としてしまった。世界の北野武もこの間「流れに棹をさす」を誤用していたし。まあ、こっちもあんまり他人のことは言えた義理じゃないわけだが。

しかし人名や映画の題名のような固有名詞となれば話は別である。なにせ『007危機一発』はまだしも、『真夜中のカーボーイ』って、あーた! なんでもアリの世界だからね。付けたもん勝ち。でも、これらの邦題をつけた元ユナイト宣伝部の水野晴郎の野蛮さを笑っている場合ではなく、芥川賞作家が字幕を担当したゲージュツ映画だって『こうのとりたちづさんで』って、「たちづさむ」って日本語はないわけだし。

話は「7」に戻る。世界で最も有名な日本映画のひとつといってもよい『七人の侍』(1954年、黒澤明監督)はだれでも“しちにんのさむらい”と読むことは知っているが、『第七の封印』(1957年、イングマル・ベルイマン監督)は果たして“だいななのふういん”と読むのだろうか。長い間、“なな”だと思ってきたが、それが正しいのか今のところその確証を見出せないでいる。

『第七天国』(1923年、フランク・ボーザージ監督)の場合はどうか。Borzageを“ボーザージ”と読むのが正しいか、“ボゼージ”なのか“ボゼーギ”なのか、一向にどれかに定着しないことは別の問題だが(Gary Cooperをどうしても“ゲイリー・クーパー”でなく“ギャリー・クウパァ”と書かずにはいられないスノッブ野郎に任せるよ)、『第七天国』は果たしてぴあのデータベースやウィキペディアが書いているように“だいななてんごく”なのかという疑問である。

以前、『邪魔者を殺せ』(1947年、キャロル・リード監督)のDVDのジャケットに「殺せ(けせ)」とよせばいいのにルビを振ってしまい、封切当時この作品を見ていた某評論家にあとから「“ころせ”でしょう」と叱られたことがあったが(ウィキペディアも“けせ”になっているなあ)、封切り当時リアルタイムで見た人の証言は強い。ということで、IVCからリリースされている『第七天国』のDVDのことを思い出した。特典として淀川長治の解説がついているのだ。その全文がIVCのHPに掲載されているが、当然のことながらルビは振っていない。そこで仕方なくツタヤに行ってDVDを借りてきたのだが、再生して驚いた。いきなり淀川先生はこちらの期待を裏切って“だいななてんごく”と言っているのだ! がっくりしながらそのまま見ていると、たった3分ほどの解説映像の間、淀川先生は“だいななてんごく”と言ったり、“だいしちてんごく”と言ったり。これにはちょっと苦笑せざるを得なかった。さすが黒澤明のことの“くろざわあきら”と発音していた人である。で、一体どっちなんだ?

小津安二郎のサイレント映画に『学生ロマンス 若き日』(1929年)という作品がある。そこに学生・山本(斎藤達雄)がスキー板を買ったあと、電車の中で財布を落としてしまう場面がある。がっかりした山本が下宿に戻ると、友人の渡辺(結城一郎)も田舎から書留が届かないのでしょんぼりしている。部屋の壁には『第七天国(7th Heaven)』の米国版オリジナル・ポスターが貼ってある。渡辺はそのポスターを見て、机の上にあった辞書や優勝カップをまとめて「第七天国へ行ってくる」(スポークンタイトル)と山本に言って質屋に行く。この場面のギャグから、『第七天国』は“だいななてんごく”ではなく、“だいしちてんごく”であることが分かる。そうでないと、このギャグはダジャレとして成立しないからだ。