コラム 『日本映画の玉(ギョク)』 映画と読みのお話   Text by 木全公彦
“吉田喜重”は“よしだ・よししげ”か、それとも“よしだ・きじゅう”なのか。どちらでもいいじゃないの、本名と通称の違いなんだからと思っていたのだが、「吉田喜重DVD—BOX」刊行のお手伝いをしていたときに、ジャケットなど印刷物をデザインするアート・ディレクターに「監督の名前でローマ字のロゴを作りたいんだよねえ。で、どっちにしたらいいの?」と訊かれたので、この機会に直接監督に訊ねることにした。「戸籍上は“よししげ”ですが、海外では通称の“きじゅう”で通しています」という返事。結局、監督本人の希望で“KIJU”というロゴを使ったのだった。

■ 読み方は難しい
同じように“田村孟”は戸籍上では“たむら・つとむ”だが、“孟”は“もうさん”というニックネームにちなんで“たむら・もう”と読むことのほうが多い。だからといって“たむら・たけし”と読むのは明らかに間違いだと思うが、外国人の日本映画研究者の問い合わせに、こういうデタラメな回答する某映画会社の国際事業部は、元社員の名前ぐらいちゃんと外国人に伝えなさいと言いたい。

とはいうものの、やはり人名や固有名詞の読みは難しい。有名なところでは東宝を代表するプロデューサー“藤本眞澄”がいる。親しい人からは“シンチョウさん”と呼ばれていたが、“ふじもと・ますみ”と読まれることが多い。だが正しくは“ふじもと・さねずみ”と読む。「ちゃんと正しく読んでくれたのは小津さんだけだった」と藤本眞澄がどこかに書いていましたよ、と教えてくれたのは映画史家の故・田中眞澄さんだった。その田中さんの場合、「まさすみ」と読むのが正しい。「なのにフランスで出た『全日記 小津安二郎』は間違って“ますみ Mashumi”と表記されてしまった」とニガ笑いしていた。

新東宝設立60周年記念のとき(2008年)、CSの記念番組みたいなものに出演したことがある。収録後、オンエア間際になってプロデューサーから慌てた声で電話がかかってきた。私が新東宝史に残る名物社長の名前を間違って何度も連呼しているのだという。“大蔵貢”のことである。“おおくら・みつぐ”と読まれることが多いが、これは“おおくら・みつぎ”と読むのが正しい。そう言って自分の読みに間違いはないと言ったのが、なかなか信じてくれない。根拠を示さなければならない。大蔵貢の自伝「わが芸と金と恋」(東京書房、1959年刊)にちゃんと“みつぎ”とルビが振ってある。自伝なのだからまず間違いない。