コラム 『日本映画の玉(ギョク)』 映画と読みのお話   Text by 木全公彦
『祗園の姉妹』と『乙女ごゝろ三人姉妹』の場合
今でこそ『祗園の姉妹』(1936年、溝口健二監督)のことを“ぎおんのきょうだい”と読むことは誰でも知っている。去年だったと思うが、NHK BSが『祗園の姉妹』を放映した。本篇が始まる前にNHKが作ったタイトルがついており、そこに「姉妹(きょうだい)」とルビが振ってあった。ところがその二週間後だったかあとに放送された『姉妹』(1955年、家城巳代治監督)には何のルビもなかった。誰でも知っている『祗園の姉妹』にルビを振るなら、それより遥かに知名度の劣る『姉妹』にこそ“きょうだい”とルビを振るべきではないのか。まあ、担当者が『祗園の姉妹』は知っていても『姉妹』は知らなかったということなんだろうけど。

だいたい、戦後のある時点まで“姉妹”は“きょうだい”と読ませていたのだ。“しまい”というのはチェーホフの「三人姉妹」のように外国から輸入された概念としての読み方ではないのか。金田一秀穂先生か斎藤孝先生あたりの専門家にちゃんと教えてほしいところだ。同じようにある時代までは“明日”は“あす”で、“朝”が”あした”ではなかったかと思うのだがどうなんだろうか。『大曾根家の朝(あした)』(1946年、木下惠介監督)なんてキネ旬1位の名作なんだし、『朝(あした)の並木路』(1936年、成瀬巳喜男監督)の場合もすべて「朝」は“あした”と読む。

なんてことにこだわるようになったのも、フィルムアート社が刊行していた田中眞澄を中心とする編者による「映画讀本」シリーズに、私も「小津安二郎映畫讀本」(1993年刊)、「映畫讀本 成瀬巳喜男」(1995年刊)、「映畫讀本 清水宏」(2000年刊)の3冊に参加したことと無縁ではない。その際、小津の『宗方姉妹』(1950年)が“むなかた”でも“しまい”でもなく、“むねかた・きょうだい”が正しいことを始めとして、田中さんにはずいぶんいろんなことを教えてもらった。劇中で主人公たちがどう発音しているか、原作があればそれはどのように読むのか等々、注意すべき点はたくさんある。その裏付けをどう取っているか、どう調べたのかについて、田中さんはキネマ旬報連載「その場所に映画ありて」にちょっと書いていて、それを読んで調査の徹底ぶりに驚いたものである。どうして成瀬巳喜男の『乙女ごゝろ三人姉妹』(1935年)の“姉妹”は“しまい”と読ませるのか。少し引用してみる。

「もう一例、成瀬巳喜男シナリオ・監督『乙女ごゝろ三人姉妹』(三五)の場合。従来の《~しまい》の読み方はもはや無条件に承認し難い。だが当時の広告にはルビがない。では主な素材(原作)たる川端康成の「浅草の姉妹」はどうか。この小説は彼の「全集」第四巻(八一年)に収録され、解題には「あさくさのしまい」とある。しかし初出誌に遡ってみると、《姉妹》に《けうだい》のルビがあった。かな遣いは怪しいが、一応《きょうだい》とは読める。」(「その場所に映画ありて」~第4回「「祇園の姉妹」は「ぎおんのしまい」ではない」、キネマ旬報1997年5月下旬号所収)

ただし例外もある。田中さんも書いている、谷崎潤一郎の「刺青(しせい)」を映画化した大映『刺青(いれずみ)』(1966年、増村保造監督)や、高木彬光の「刺青(しせい)殺人事件」を映画化した大映『刺青(いれずみ)殺人事件』(1953年、森一生監督)の例で、増村の『刺青』ではポスターに“いれずみ”とルビが振ってあることは私も確認済み。「刺青」は“ほりもの”と読む場合もあり、一方で“いれずみ”は「入墨」とも書く。「入墨」と書いて“ガマン”と読ませる隠語読みもあるから、ホント日本語は難しい。

同じく大映では西村寿行の小説を映画化した『君よ憤怒の河を渉れ』(1976年、佐藤純彌監督)のポスターに“憤怒”の横に“ふんど”とルビが振ってあるのだが、確か封切り当時「徹子の部屋」に母親と出演した北杜夫が、母親がなんかのことで「ふんど」と言ったところ、「“ふんど”という日本語はないな。“ふんぬ”だな」と訂正を入れ、母親がムッとしていたことを妙に覚えている。なんだ、永田雅一は水野晴郎と一緒で日本語を知らんのか、それとも確信犯なのか、とそんときに思ったものである。

まったく同じ漢字で読み方が違う例もある。東宝『女体』(1964年、恩地日出夫監督)と大映『女体』(1969年、増村保造監督)はともに“じょたい”と読むが、大映『女系家族』(1963年、三隅研次監督)は“にょけい・かぞく”と読む。ややこしいことこの上ない。