コラム 『日本映画の玉(ギョク)』 鈴木英夫<その14> 『九尾の狐と飛丸』をめぐって[前篇]   Text by 木全公彦
『玉藻の前』とあらすじ
葛飾北斎「三国妖狐伝」
『九尾の狐と飛丸』の原作は岡本綺堂の「玉藻の前」であるが、九尾の狐については平安時代に編まれた日本最初の説話集「日本霊異記」にも登場し、以後「御伽草紙」の「玉藻草紙」や能「殺生石」でも取り上げられ、江戸時代になると芝居、読物、画などを通じて流布され、日本三大妖怪のひとつとして広く人口に膾炙した怪異譚である。そのオリジンはインドからはじまって中国に広がり、インドの華陽夫人から中国に転生して妲己(だっき)となり、いずれも絶世の美女にして傾城の悪女として悪名をとどろかせた。それが日本に渡来して玉藻の前になったといわれている。最近放送された韓国ドラマ『僕の彼女は九尾狐』(2010)を見ても分かるように、韓国にもその伝承は伝わっているらしい。

この怪異譚は少女マンガとも相性がいいらしく、わたしが最初にこの怪異譚に接したのは、子供の頃に贔屓にしていたわたなべまさこの「青いきつね火」だったような気がする。傑作だったと思う。最近では陰陽師のブームも手伝ってなのか、さちみりほが「玉藻の前―伝奇絵巻」(1999年、原書房)、波津彬子が「幻想綺帖〈2〉 玉藻の前」(2009年、朝日新聞社)と立て続けにマンガ化されているが、これはいずれも岡本綺堂の小説に基づいたもの。

以下、この怪異譚の伝承には、本来モデルになった歴史的事実の解釈が必要だったり、いろんなバージョンがあったりもするので、ここでは本作の原作となった岡本綺堂の「玉藻の前」によるあらすじを紹介する。

平安時代。千枝松と藻(みくず)は幼いときから兄妹のように育った。孤児の千絵松は烏帽子折りの叔父に育てられた。藻の父・坂部庄司蔵人行綱はかつて北面の武士であったが、帝の命令で狐を射ろうとして弓弦が切れて射ち損なうという失態を犯して罷免され、今は妻も亡くし、病床の身で一人娘の藻だけを生きがいに暮らしていた。二人が17歳になったあるとき、千枝松が叔父から聞いた話――鳥羽上皇の歌会で「独り寝の別れ」という題が出題され、「独り寝に別れのあろうはずはない」という矛盾した難題に、殿上人は誰ひとりとして満足な歌を詠むことができなかったという話を藻に聞かせる。身分はかまわないから、この出題に答えてよい歌を詠んだ者には褒美が出すと上皇は約束したという。

その夜、藻は千枝松とはぐれ、森で迷子になる。人さらいにでも遭ったかもしれぬと心配する千枝松たちの探索で、森の大木の根元でしゃれこうべを枕にして眠る藻が見つかる。帰宅した千枝松は悪夢を見る。最初はインドで象に乗って豪奢な衣装に身を包む藻そっくりの女性が多くの奴隷たちが残酷に殺されるのを喜んで見ている姿である。女は華陽夫人といい、班足王子をたぶらかし淫蕩に耽っていた。実は彼女は千万年に一度現れる金毛白面の妖狐の化身であった。次に場面は中国に移る。豪華な衣装に身を包んだ藻そっくりの女が非道の限りを尽くしている。その正体は妲己という名の妖女で、その本性は華陽夫人の転生した妖狐であった。彼女は殷の帝辛(紂王)を誘惑して酒池肉林に耽って国を滅ぼそうとする(「酒池肉林」という言葉はここから由来する)。雷震という武王が妲己を追いつめる。そこで千枝松の夢は覚める。

翌日、藻は自作の歌を鳥羽上皇に献上する。「夜や更けぬ 閨(ねや)の灯 いつか消えて」。その歌の見事さ、手蹟の美しさに驚いた上皇は藻を召し抱える。許嫁を奪われた千枝松は愕然とする。そこに播磨守泰親という陰陽師が通りかかる。著名な陰陽師・安倍晴明の六代目の孫にあたる。泰親は藻の家を見て、凶宅だと呟く。まもなく病床にあった藻の父・坂部行綱は息を引き取る。

藻は関白・藤原忠通の寵愛を受けて、名を〈玉藻の前〉と改める。忠通の弟である左大臣・藤原頼長は忠通と仲が悪く、玉藻の前がきたことによってますます二人の仲は悪化する。玉藻の前は左少弁に叔父の高僧・隆秀阿闍梨を紹介しろとせがむ。阿闍梨は玉藻の前の美貌と博識にたじろぎ、たった一度の面談のあと発狂する。その帰り、玉藻の前はにわか雨を避けようと走ってくる千枝松と出会う。千枝松は泰親の弟子になり、名を千枝太郎泰清と改めていた。帰宅した千枝松の不穏な邪気に泰親は気が付き、死相が出ていると忠告する。都では玉藻の前をめぐって貴族たちが争い、親友同士が殺し合いを演じていた。

人心の乱れた都は日照りと飢饉に襲われた。雨乞いに泰親が呼ばれるが、失敗する。忠通の許しを得て玉藻の前が雨乞いをすると見事雨が降る。忠通は雨乞いに失敗した泰親を鬼界ヶ島に遠島しようとする。泰親は千枝松を破門する。玉藻の前はこの世の春を謳歌し、権勢を振るう。泰親は千枝松を伴って、いつか玉藻の前が迷いこんだ森に行き、その祠を暴き、塚に埋められた女性の黒髪を取り出して焼き捨てる。本性を暴かれた玉藻の前は、たちまち苦しみだし、金の帯となって大空に飛び立つ。

京から遥か離れた関東の那須方面に飛び立った白面金家の九尾の狐は、人畜を手当たり次第に食いつくす。千枝松は九尾の狐の討伐に加わる。射落とされた狐は那須の荒野に横たわる大きな石となる。石からは毒を放ち、近づく鳥や獣はことごとく石の吐き出す毒で死んでしまう。人はこの石を殺生石と呼んだ。さすらい人となった千枝松は殺生石に取りすがり、たとえ魔物であっても愛した女を討ったことを悔い、殺生石のそばで息絶える。こうして玉藻の前と千枝松は永遠の愛で結ばれる。