映画の中のジャズ、ジャズの中の映画 Text by 上島春彦
第31回 アンドレ・プレヴィンのジャズ体験   その6 プレヴィンの“聖”三角形
女性歌手とのデュエット集
もう少しだけこういうスタイルのアルバムの話を続けると、コンテンポラリーを離れてからのプレヴィンが最も得意としたのがこの形式。ダイナ・ショアとの名コンビでテレビ番組「ザ・ダイナ・ショア・シェヴィー・ショー」“The Dinah Shore Chevy Show”にも進出しているのは有名だが私自身は見たことがない。アルバムは二枚、60年に作っている。「ダイナ・シングス、プレヴィン・プレイズ」“Dinah Sings, Previn Plays”と「サムバディ・ラヴズ・ミー」“Somebody Loves Me”(共にCapitol)である。いずれも単独作家の作品集ではないがガーシュイン兄弟、コール・ポーター、リチャード・ロジャース、オスカー・ハマースタイン、アーヴィング・バーリン等、舞台ミュージカルやその映画版等でお馴染みの歌を取り上げている点でキリ・テ・カナワ、シルヴィア・マクネアー作品に先駆けるものだ。
ポピュラー・ヒットもあるが基本はジャズ歌手と言えるダイナ・ショアに対して、ジャズ出身ながら、より映画界に近いスタンスで活躍したドリス・デイとも注目すべきアルバムを作っている。「デュエット/ドリス・デイ&アンドレ・プレヴィン」“Duet”(Columbia)である。日本語のライナーノート(細越麟太郎)から少しだけ文面を借用させてもらうと、本作が録音された61年というのは米コロムビア専属の歌手ドリス・デイにとっては、人生の絶好調と言える時代であり、「二人でお茶を」「ケ・セラ・セラ」の大ヒットだけでなくユニヴァーサル映画のコメディでもロック・ハドソンとのコンビが大評判、『恋人よ帰れ』“Lover Come Back”(監督デルバート・マン、61)や『夜を楽しく』“Pillow Talk”(監督マイケル・ゴードン、59)といった作品で国民的な人気を獲得していた。「そんな時に米コロムビア・レコードのスタジオで偶然に出会ったアンドレ・プレヴィンもハリウッドの映画音楽の方の活躍がピークを迎えていて『恋の手ほどき』“Gigi”(監督ヴィンセント・ミネリ、52)でアカデミー賞を受賞し、すっかり映画の人だったのである」。 MGMをメインの仕事場としていた当時のプレヴィンがどういう神のはからいか、ユニヴァーサルのスター、ドリス・デイにレコード会社で出会い、仕事をすることになったのだ。ところでタイトルは「デュエット」だが、カヴァーをよく見るとちゃんと「アンドレ・プレヴィン・トリオ伴奏」となっている。デュエットじゃないでしょ。それじゃ「タイトルに偽りあり」かというと必ずしもそういうわけではなくて、そのあたりの事情はアーヴィング・タウンゼント(著名なコロムビアのプロデューサーでこのアルバムも担当)による英文のライナーに詳しい。
「ドリス・デイとアンドレ・プレヴィンはこのアルバムを準備する以前には一度も出会ったことはない、もっともハリウッドの映画撮影所で、お互い数え切れないほど出会い損ねてはいるのだろうが。初めて会ったとき彼らは互いの関心事に共通性が多いのを知った、好きなソーダの種類や動物のこと、そしてバラード。そういう次第で最初に出会った午後、ドリスはアンドレ作曲のバラードを歌った。その内アルバムに聴かれる三曲『イエス』『デイドリーミング』『コントロール・ユアセルフ』はプレヴィン夫人ドリー・ラングドンの作詞によるものである。以来デイとプレヴィンのコンビは繰り返しリハーサルを重ね、そしてベースのレッド・ミッチェル、ドラムスのフランク・キャップと共に彼らはコロムビアのハリウッド・スタジオにはいった。このアルバムは、そこである素敵な午後に録音されたものである」。これを読めば明らかなように、あくまで出発点は「映画界で成功した二人のジャズマン&ウーマン」の初の邂逅「デュエット」セッションなのである。