映画の中のジャズ、ジャズの中の映画 Text by 上島春彦
第31回 アンドレ・プレヴィンのジャズ体験   その6 プレヴィンの“聖”三角形
「ジャズ―クラシック」線分
続いてプレヴィンが他の音楽家と共演する「ジャズ―クラシック」、つまりクラシック奏者によるジャズ。質の上で問題になるのはプレヴィン以外の音楽家であり、誰をフィーチャーするかということだ。
この分野では、話題作は数多いのだが実のところそれに見合った収穫は期待薄かも知れない。プレヴィンのようにクラシックとジャズの世界でどちらも一流という人材は要するに滅多にいないわけで、どうしても中途半端な出来になってしまう。だがそれでも固いことを言わなければ楽しめるアルバムはある。その筆頭がヴァイオリニスト、イツァーク・パールマンと共演した諸作「ア・ディファレント・カインド・オブ・ブルース」“A Different Kind of Blues”(Angel Records)と「イッツ・ア・ブリーズ」“It’s a Breeze”(EMIミュージックジャパン)である。両盤ともパールマンをサポートするカルテットがプレヴィン(ピアノ)、ジム・ホール(ギター)、レッド・ミッチェル(ベース)、シェリー・マン(ドラムス)で、要するにコンテンポラリーにおける「シェリー・マン・トリオ」プラスワンだから文句なし。ただし一説によればパールマンのアドリブ・ソロは事前に譜面に記されたものであるとも言われる。このあたり、情報源はわかりかねるが、ネットではそういうネタが流れていた。記譜者はパールマン自身かあるいはプレヴィンか。思い起こせばプレヴィンがハリウッドで注目されるきっかけはピアニスト、ホセ・イトゥルビが映画中で弾くための即興風フレーズを予め記譜する仕事だったわけだから、「ジャズ―クラシック」を巡る世間的認識はこの半世紀以上あまり変ってはいないということになるのか。

楽器奏者を起用するとなると、やはりジャズの場合アドリブ的な展開がないと様にならないが、その点、歌手と組めばそういった齟齬はほとんど来たさない。器楽的な即興を得意技にするジャズ歌手は本来数少ないからだ。そこでプレヴィンも(プレヴィンが企画したかどうかはわからないが)、一流オペラ歌手にジャズのスタンダードを歌わせる、というコンセプトのアルバム数枚でピアニストを務めている。オーストラリア先住民出身の歌手キリ・テ・カナワと組んだ「キリ・サイドトラックス」“Kiri Sidetracks: The Jazz Album”(Polygram Records)が有名だ。バックのトリオはプレヴィンにレイ・ブラウン(ベース)、マンデル・ロウ(ギター)でドラムスはいない。このトリオには歌手抜きで「オールド・フレンズ」“Old Friends”(Telarc)というアルバムもある。そこでは映画『悪人と美女』“The Bad and the Beautiful”(監督ヴィンセント・ミネリ、52)『ローラ殺人事件』“Laura”(監督オットー・プレミンジャー、44)の主題曲も演奏されている。いずれも作曲はデヴィッド・ラクシン。アルバムは、契約レーベルの関係なのか名義はレイ・ブラウン・トリオとなっているようだ。カナワもこのアルバムの成功で自信をつけて様々なスタンダード・アルバムにチャレンジするようになっていく。
似たタイプの歌手シルヴィア・マクネアーともプレヴィンは同様のアルバムを作っている。「シングス・ジェローム・カーン」“Sure Thing, The Jerome Kern Songbook”と「虹の彼方に~ドリーミング・オブ・アメリカ」“Come Rain or Come Shine, The Harold Arlen Songbook”(共にマーキュリー・ミュージック・エンタテインメント)である。プレヴィンのピアノにデヴィッド・フィンクのベースを配したデュオによるバッキングで、少しだけジャズ風味を洗い流した感じ。二十世紀アメリカのポピュラーソング作家を代表する人々の歌曲集というすっきりしたコンセプトは、思えばジャズ・ヴォーカルの世界でもエラ・フィッツジェラルドやサラ・ヴォーンによって試みられて大成功を収めたやり方である。