海外版DVDを見てみた 第26回 モーリス・トゥルヌールの犯罪映画 Text by 吉田広明
『マルセイユのジュスタン』ポスター

『妄執』息子によって狂気から覚める父

『マルセイユのジュスタン』のジュスタン

『マルセイユのジュスタン』
先述のように本ボックスには他に『陽気な中隊』Les Gaités de l’escadron(32、未)と『妄執』Obsession(33、未)が収められている。『陽気な中隊』はモーリス自身の1913年のサイレントのリメイク。掃除しながらかえって散らかすだけの怠け者二人組(のうちの一人はジャン・ギャバン)、いつも箒を探している兵士(フェルナンデル)、大量にやって来た予備役軍人の寝床の確保や、将軍が閲兵にやってくるまでに二人の脱走兵が帰ってくるか心配する気のいい中隊長(レイミュ)らのドタバタ喜劇。ルノワールの『のらくら兵』(28)のアナーキズムに比べると何とも生ぬるい感じは免れない。『妄執』は、精神病院に入れられていた男が、医者が反対する中、兄と母の強い要請によって退院。夫は妻が誰かと裏切って自分を罠にはめたと思い込んでいる。妻はそれゆえ夫の帰りを恐れているのだが(かつて彼が彼女を襲った事件がフラッシュバックで描かれる)、実際帰って来た夫は最初こそおとなしくしているものの、引っ込んだ書斎で次第に様子がおかしくなる。そこにはいない誰かと会話をし、寝室に行って、妻の首に手を掛けようとするところ、幼い息子が寝ぼけてやってきて父に話しかける。息子の相手をしているうち、彼の心は緩解し、正気を取り戻す。40分ほどの短編だが、正直たわいのない話である。ボックスの外箱の内容紹介には「驚嘆すべきフラッシュバックと、精神の病の強烈なビジョン」とあるが、妻の語りから入るフラッシュバックは型通りだし、夫の狂気の表現も、目を剥いて、手を不気味な形に曲げて妻を脅すというもので、ありきたりな表現に見える。夫を演じたジャン・ヨネルはコメディ・フランセーズの役者であり、コンセルヴァトワールで演技を教えた演劇界では重要人物らしいのだが、映画の演技としては説明過多。

『マルセイユのジュスタン』は、マルセイユのギャング=ジュスタンと、イタリア系の新興ギャングの争いを描く。『法の名のもとに』でもマルセイユが麻薬取引の拠点だったが、ここでもアフリカや中国からの麻薬の取引が彼らギャングの商売の中心で、相手方の麻薬を奪ったり奪い返したり、という抗争が描かれる。と言ってもジュスタンは面倒見のいい地元のニイチャンという感じで、全体の印象も明るい。副筋の登場人物に脱走兵らしい男と、女好きの彼にこまされてしまった女がいて、男の方は敵方のイタリア人に言い含められてジュスタンを狙撃するが失敗、一方、スケコマシに騙されたと知った女は絶望して海に身を投げるが、そこを偶々海辺のレストラン(崖に突き出したような位置にあり、異様)にいたジュスタンに救われ、彼のおかげで立ち直る、という人情ものの要素もある。この作品もロケ中心で、マルセイユの実景が多々描かれている。中でも、マルセイユの港の朝市では、独特な掛け声で客を呼ぶ売り子たちは、恐らく実際の売り子たちを映したものと思われる。犯罪ものとしての見どころは、ジュスタンとイタリア系ギャングの親玉の決闘で、塀で囲われた郊外の空き地に、二人はそれぞれ車でやってきて入ってゆくのだが、決闘そのものは描かれない。カット変わって、ジュスタンのアパートの下から男が彼を呼ぶと、窓から腕を包帯で吊ったジュスタンが顔を見せる、と言う形で勝者を示す。舛田利雄『赤い波止場』(58)の同じような場面を思い出したが、舛田の方が遥かにシャープである。思えばこの映画、犯罪映画であるがどこか明朗と言う点で、日活アクションを連想させるところがあった。

全体を通してみて、この時期のモーリス・トゥルヌールは、いい意味で商業監督、という印象である。トーキー初期で、必ずしも実験をしているわけではないが、手堅く商業作品としてまとめあげている。アメリカ・サイレント期の芸術性がどうしても薄れているには違いないが。フランス・トーキー期の作品として他にDVD化されているものに、『微笑みと共に』Avec le sourire(36)、『若さの罪』Péchés de jeunesse(41)、『ヴォルポーヌ』Volpone(41)、『悪魔の手』La Main du diable(43)、『地獄の舞踏会』La val d’enfer(43)、『セシールは死んだ!』Cécile est morte!(44)、『愛の後で』Après l’amour(48)などがある。残念ながら筆者はこのどれも見ていない。題名を見る限り、メロドラマ、怪奇ものが多いようだが、この中に通俗性と芸術性を共に高い水準で達成した作品もあるのではないかと思う。アメリカ時代のサイレントも含め、またいずれこれらの作品を見たうえで書く機会もあるかもしれない。ともあれ今回取り上げた作品は、モーリス・トゥルヌールの作歴のほんの一部に過ぎず、モーリス・トゥルヌール・ボックスを見てみた、そのレポートにとどまる。

Maurice TourneurボックスはPathéから、上記5作品を収めている。『陽気な中隊』については、モノクロ版とカラー着色版の二枚。それぞれフランス語字幕がつけられる。ベルトラン・タヴェルニエが監修しており、彼による各作品解説、モーリスの生涯と作歴についての解説、討論などがおまけとしてついている。リージョン・コードは2、Pal版。