海外版DVDを見てみた 第15回 『ゲット・カーター』を見てみた Text by 吉田広明
マイク・ホッジス
マイク・ホッジス
本作はマイク・ホッジスの初長編映画となる。ロマン・ポランスキーのイギリスでの二作『反撥』の製作補、『袋小路』の製作者であったマイケル・クリンガーが、原作小説の権利を取得、イギリスから撤退しようとする矢先のMGMヨーロッパの製作担当者から、低予算ならば、ということで資金援助を得て、製作にこぎつけた。クリンガーはホッジスのTVドラマを見て、声をかけた。それ以前の作品を見ていないのでホッジスのどこに目を付けたのかよく分からないが、ホッジスは時事もののドキュメンタリーを長く手掛けており、映画にリアリティを付与する、という点での手腕を期待されたのではないかと思う(ちなみにアメリカでも、六十年代以降の映画作家は、アルトマン、フランケンハイマー、アーサー・ペンらTV出身が多い)。実際、原作ではどこともしれぬ街が舞台だったが、それをニューキャッスルに設定したのはホッジスであり、廃れかけた工業都市の荒んだ感じをうまく取り入れることに成功した。イギリスでは当時、残虐さと異常性で知られたギャング、クレイ兄弟(双生児で、弟の方はゲイで統合失調症だった。怒りに駆られると歯止めがきかず、ナイフで相手の喉を何度も突き、首を突き通ったナイフが床にめり込んでいたという)の裁判が進行中であり、本作では、彼らの「容赦のない残忍さ」を再現しようとした、という(ステーヴン・ポール・デイヴィス著Get Carter and beyond)。その意図は十分に本作において達成し得たし、これによってホッジスはイギリスの一流映画作家となった。

『パルプ』のマイケル・ケインとリザベス・スコット

本作以後もホッジスは犯罪映画を何本か撮っているが、残念ながら本作に続く、まして本作を上回る出来の作品は存在しない、と言ってよい。ざっと紹介しておくと、本作に続くのが、同じクリンガー製作、マイケル・ケイン主演の『パルプ』(72、『悪の紳士録』という題で公開もされているが、これも原題のカタカナ表記にしておく)は、パルプ小説の作者(マイケル・ケイン)が、ハリウッドのギャング役で知られた引退した俳優(ミッキー・ルーニー)の自伝をゴーストライトすることになるが、殺し屋につけ狙われることになる、というもの。主人公が書いたとされる小説が「俺の銃は長い」で、マッチョイズムで有名なミッキー・スピレーンをパロディ化していたり、全編が犯罪映画のパロディになっている。先に『ゲット・カーター』の表現の紋切り型を指摘したが、『ゲット・カーター』の反応を劇場で見ていた時、観客が思っていたほど笑っていないのでショックだった旨、ホッジスは発言しているが、『パルプ』などを作ったことから見ても、ホッジスは『ゲット・カーター』を或る意味パロディとして考えていた事が分かる。既成のノワールや犯罪ものの型を借りる、もっと進んで言えば、それを批判的に継承しようとしていたのだ。そこが「ネオ」ノワールたる所以であろう。『パルプ』では、ファシスト政治家が開いた乱交パーティ(そこに俳優もいた)で、心臓麻痺で死んだ少女を海辺に投げ捨てた事実を、俳優が自伝で喋りはしないかと恐れた政治家が、俳優、ゴーストライターもろとも殺してしまおうとするというもので、大物が過去の犯罪が露見することを恐れて新たに犯罪を繰り返す、という点、アメリカのネオ・ノワール『チャイナタウン』をうっすら思わせる。

ホッジスの犯罪映画としては他にアイルランドのテロリストを主人公にした『死にゆく者への祈り』(87)、売れない小説家がカジノのディーラーになり、現金強奪を持ちかけられる『ルール・オブ・デス/カジノの死角』(98)、弟が自殺し、その原因を探り、彼を死に至らしめた男に復讐する兄を描く『ブラザー・ハート』(04)がある。『死にゆく者への祈り』はミッキー・ローク主演で、彼をロマンティックに描き過ぎて鼻につくし、『ブラザー・ハート』は弟の復讐という点で、また淡々とした描き方なども『ゲット・カーター』と同工ながら、『ゲット・カーター』程の暴力性はない。『ゲット・カーター』に匹敵しうる作品として評価が高いのが『ルール・オブ・デス』である。この映画で主人公(クライヴ・オーウェン)は、全編ヴァイス=オーヴァーのモノローグで語っているが、これは彼のカジノのディーラーとしての別人格(彼の書く小説の主人公)による語りなのだと、しばらくするうちに分かってくる。主人公はかつて取った杵柄で、カジノの仕事をそつなくこなしてゆくが、その実その仕事に魅せられている。といってもギャンブルが好きなのではない、敗れ去ってゆく者たちを冷徹に眺めるのが好きなのだ。自分だけは高みにいるという意識を得させてくれるディーラーという職業。こうして主人公は、ディーラーを主人公とした小説を書き始める。その小説の主人公と自分との距離を維持しうる、という自信を持って。しかし次第に小説の主人公が彼を乗っ取り始める。仕事場に行くにも家からタキシードを着るようになる。主人公の恋人だけは、彼の変化に危ういものを感じ取り、彼が強奪に関わろうとしていることも察知する。しかしカジノに強奪計画を密告した彼女は、そのせいなのかどうか不明な形で不慮の死を遂げ、彼にとって唯一の「良心」を失ってしまった彼は、小説を匿名で出版し、ベストセラー作家に成りあがる。現金強奪という犯罪はあるが、それがメインではなく、もっぱら主人公の行動がヴォイス=オーヴァーのナレーションと並行的に淡々と描写されてゆく中で、主人公が別人格=声に乗っ取られてゆく、優れた心理スリラーである。