映画の中のジャズ、ジャズの中の映画 Text by 上島春彦
第42回 60年代日本映画からジャズを聴く   その4 八木正生とその時代(ちょい大げさ)
怪奇ミズカキ男(土方巽)VS.女装執事(小池朝雄)
それでもう一つ廻り道したいのだが、この路線における小池朝雄を刺激したのが舞踏家土方巽(ひじかたたつみ)であった。腰巻一つの全身に水で練ったうどん粉を塗りつけてくねくね踊る人たちを暗黒舞踏と呼ぶのは多くの方々がご存じであろうが、この舞踏の創始者が土方(ただし彼はうどん粉では踊らない)。弟子の一人が大駱駝艦の麿赤児、というのはよく知られた事柄だ。石井映画には『元禄女系図』のタイトルバックに初出演して、以後、この路線の数本にフィーチャーされ、また『日本暗殺秘録』(中島貞夫、70)には目と声だけで出ていた。小川紳介の『1000年刻みの日時計/牧野村物語』(87)では何と宮下順子の弟(兄だったかな)役。
石井輝男は土方との出会いをこう語る。「こういう映画なんだけど、タイトルで全体のシャシンが象徴されるようなものをね、好きなようにやってくれって言ったんですね」。「目黒にアスベスト館ってありましてね、そこでちょっとお会いしたりして、そこの舞台とか出入りしている連中なんか見ているうちにね、ますますおもしろくなってきて、それで出てもらったら非常に秀逸なタイトルバックになったんで、ちょっと土方さんにのめりこんでいったんですけどね」。ところがのめりこんだのは石井だけではなかったのだ。「小池さんっていうのは、いわゆる新劇の俳優さんのうるさいとこがぜんぜんないんですね。もうリクツ抜きって人で。土方巽さんなんかと出会ったとき、ずっと見てるんですね、デバじゃなくてもずっと来て、土方さんを見てるんですね。それもね、すごい目をして、ふと気がつくといるんですね。で『おもしろいですね』って言うんです」。
こういう形で石井映画、異常性愛路線のレールに乗ってしまった「小池と土方」が超新星爆発したのが『恐怖奇形人間』であった。怪奇ミズカキ男の土方が世界中を奇形人間だらけにしようと暴虐の限りを尽くす、と要約してしまうと結構違う気もするが、そのへんに多くは割けないので御勘弁いただく。江戸川乱歩の「パノラマ島奇談」と「孤島の鬼」を下敷きに不具者のパラダイスを地上の能登に現出させる映画。土方は、吉田が主人公でやはりもう一方の主役、という位置づけになろうか。
主人公の父親が土方で、息子に医学を学ばせるのだが、その目的は手術によって健常者を不具者に変えてしまおうというものである。だが逆に吉田は、土方が作った合成奇形人間姉弟を再手術して健常者に戻し、その少女と恋に落ちる。少女は吉田の異父妹であり、自分達の近親相姦を知ってしまった二人は最後に人間花火となって大空に華と散る。吉田もちゃんと超新星爆発していた! 福間健二はここでの吉田を「彼も罪の世界に踏み込む暗さが備わっている」と書いた。その上で「何よりも、これは土方巽の映画だ。そして土方巽の『暗黒』と吉田輝雄の立っている普通の映画の地平をつなぐ場所に小池朝雄の怪演ぶりが発揮される」と続ける。
石井は土方の能登での熱演をこう称えている。「もう命がけでやっちゃうんですからね。(略)能登ですごい波が立つところがあるんですね。(略)土方さん、あそこから登場してくれるととてもいいけどなあ、だけどあそこまで行くのは危ないしなんて言ってるうちにね、やりましょうってね。(略)そうするとこっちものっちゃってね、ガラガラいくらフィルムまわしても飽きないですね。そうするとものすごい波の中から土方さんが例のね、あれでグァーッと出てくると絵になるんですよ、のぞいているとね。で、ついガラガラまわしているとね、またふと見ると小池朝雄がじっと見てるんですね(笑)」。

土方巽という存在を真正面から受け止めたのがさらにもう一人。それが言うまでもない八木正生であった。既述の『元禄女系図』のタイトルバック、この撮影現場が「キャメラマン以下、みんなびっくり仰天しましてね。どこへキャメラすえて、どうライト当てたらいいんだか、わかりませんっていうことでね。撮影所はショック受けた感じだったです。それでそのタイトルバックは、八木さんがラッシュ見て興奮して『帰ってきました』なんてね、なんか異様に八木さんがのって、曲を書いてくれたみたいな、たしかそういうタイトルバックの記憶が…」。
という次第で小池朝雄と八木正生の共感というのは石井輝男お膳立てにより土方巽の作りだした舞台に両者が遊んでいたといったところだろうか。前回にも記したが『元禄女系図』のサントラ盤は「東映傑作シリーズ アダルト篇」(東映)としてリリースされている。