映画の中のジャズ、ジャズの中の映画 Text by 上島春彦
第42回 60年代日本映画からジャズを聴く   その4 八木正生とその時代(ちょい大げさ)
CD「あしたのジョー オリジナル・サウンドトラック本命盤」

「立つんだ!ジョー」と叫んだ男
前回の原稿を上げた翌日、さっそく「あしたのジョー オリジナル・サウンドトラック本命盤」(キングレコード)を入手した。単に豪華というよりほとんど無意味なまでにゴージャスなブックレットにただただ圧倒。丹下段平(藤岡重慶)ナレーションによる番組次回予告「あしたはどっちだ」まで全話収録(文字でだが)。やはりここまでやらねば「本命」を名乗るわけにいかないというスタッフの熱意に打たれた。打たれた、とここはしておかないと申し訳ない気がする。しかし本連載で無駄に「あしたのジョー」を長長と語っても仕方がない。あくまで八木正生に集中したい。
それでまずおわびしないといけないのが、小池朝雄の件。前回、ひょっとしたら初代コロンボ声優小池朝雄が段平の声優第一候補だったのか、と記述したのだがそうではなかった。八木にじきじきに「音程の悪さを見込まれて」、番組と何の関係もないのに小池朝雄が歌うことになったのであった。「何故小池が?」等と今さら訊ねる愚か者は「映画の國」愛読者にはいないであろう。監督石井輝男つながりに決まっている。「コロンボ」で有名になる前、小池朝雄と言えば石井輝男ワールドの常連として知られていた。もっとも私などがリアルタイムで知っているはずがない。後知恵です。以下、著書「石井輝男映画魂」(石井輝男、福間健二著、ワイズ出版刊)を適宜参照しながら記述する。
小池朝雄(1931~1985)。舞台俳優として文学座、劇団雲、劇団昴で活躍し、映画、テレビにも多数出演。主役はなかった(この件は後述)が存在感は抜群で、脇役としての代表作は多い。石井以前で言えば最初の公式出演作は何と黒澤明の『蜘蛛巣城』(57)でクレジットもちゃんとされている。台詞もある。どこに出るかというと最初から二番目の伝令だ。映画界での快進撃が始まるのは六十年代前半以降で、『泥だらけの純情』(中平康、63)の浜田光夫の兄貴分や、『新・夫婦善哉』(豊田四郎、63)の淡路恵子のヒモ、『砂の上の植物群』(中平康、64)の主人公の親友等が光る。『長靴をはいた猫』(矢吹公郎、69)における「魔王ルシファー」の声と言えば、ああ、と納得する方も多いはず。

石井映画世界における小池の位置づけが最も分かりやすいのが『徳川いれずみ師 責め地獄』(69)である。音楽もちゃんと八木担当。二人の刺青師が一人の女に魅せられて同じ肌に相次いで刺青を入れることになる物語。この映画には、清純派なのに脱ぎっぷりの良さで再評価著しい橘ますみちゃんが出てくる、というような話題は今回何の関係もないので触れられないが(ちなみにこの映画にはある時期の若者にはますみさん同様のディーヴァであったハニー・レーヌさんも出るわけだが、同じ理由により今回触れられないのは残念だ)、刺青師が、吉田輝雄の「彫秀」と小池朝雄の「彫辰」の兄弟弟子二人で綺麗に善悪色分けされている。善悪というか無臭悪臭という感じか。わざわざ言うこともないが悪臭担当が小池。表の主人公が吉田なら、いわば裏主人公が小池である。配役は監督なり企画なりが決めるわけだろうが、映画を見ている身には小池がいるから吉田が無臭でいられるみたいな、そのように俳優両者が遊んでいるみたいな感触が楽しい。これと『明治・大正・昭和 猟奇女犯罪史』(69)が、小池朝雄で見るなら最適。こちらはある時期までは戦後日本猟奇犯罪者の代名詞となっていた観のあるザ・レイパー「小平義雄」に扮して圧巻である。エピソード集(オムニバス)の一篇ではあるがそのパートで堂々の主役ぶり。ついでに言うと、この映画には当時旅館の仲居さんをして生きていた本物の阿部定がインタビュー場面に出てくる。好きな人と一緒にいたいというのは何も悪いことじゃないと思うんです、との申し開きが潔い。
もう一本挙げると『江戸川乱歩全集 恐怖奇形人間』(69)か。これは地味だが物語を裏で操る悪い執事役で、彼がつまり記憶喪失者吉田輝雄を生まれ故郷にこっそり導いていくわけだ。『猟奇女犯罪史』では、こういう犯罪者群像を見て「私には理解できない」とボー然自失する役が吉田、と本当に綺麗に色分けされている。こうした色分け、実は偶然出来たわけではないのが、石井映画をこの二人に絞って見てくるだけでわかる。菊地寛の「忠直卿行状記」を芯にした『徳川女系図』(68)では、要するに忠直卿(映画の物語では綱吉)キャラが吉田で、彼の誤った生き方を正すキャラが小池だった。後から思えば全く信じられない構図と言える。次の『徳川女刑罰史』(68)ではどっちも面白いキャラではあるが、両者の関係の緊張感というのは物語上存在し得ない。吉田輝雄の一人二役というのがむしろ可笑しい。片方は裁く側、一方は裁かれる人、どっちも吉田なのである。吉田が吉田を裁くわけではないが(その時点で罪人吉田は既に死んでいる)。
そして『残酷・異常・虐待物語 元禄女系図』(69)へ。小池の「グロキャラ」と善玉吉田の緊張関係が描出されるのはこれが最初。目立つのは悪行三昧の猟奇藩主正親(小池)であり、医師玄達(吉田)は映画を締める役割。これが原基となって『責め地獄』『猟奇女犯罪史』『恐怖奇形人間』と連発されることになる。石井のこれらの作品は「異常性愛路線」と今では呼ばれ十本を数えるが、小池朝雄は内七本に出演した。