海外版DVDを見てみた 第4回『シャーリー・クラークを見てみた』 Text by 吉田広明
『ザ・コネクション』ポスター
『ザ・コネクション』(62)
クラーク初の長編は、59年7月15日初演のリヴィング・シアターの代表作を映画化したもの。映画の冒頭には、以下の映画は、カメラマンである男が、映画監督から委ねられたフッテージを編集したものだ、との但し書きが読まれる。映画作家が一個の意思を持って仕上げたもの、というよりは、記録映像を無造作につないだもの、という体裁で作られているわけである。といって、これによりリアリティが増し、ドキュメンタリーとして見えてくるのかと言えばそんなことはなく、劇中、映画作家が撮影を止めろと言ったのにカメラマンがカメラを回し続けているのに気付き、画面に映り込んでしまった映画作家が「おいおい」といった顔をする所があるが、これなども映画が作りものであることをむしろあからさまに暴露するものだ。クラークの長編、特にこの『ザ・コネクション』と『ジェイソンの肖像』は、映画が撮られているということそのものを画面に明示する。しかしまた、かといって映画内映画、メタ映画、といった映画の自意識の迷路に入り込むわけでもない。作りものは作りものとして、その枠の中で、しかし役者が登場人物を演じ、演じる中で何かが起こってゆくのが画面に定着されるのである。

『ザ・コネクション』の屋根裏部屋
リーチと呼ばれる男の屋根裏部屋にミュージシャン数人を含む男たちがたむろし、カウボーイと呼ばれるヤクの売人を待っている。彼らがここに集められたのはジャンキーのドキュメンタリーを撮るためであり、彼らはヤクを買ってやるから映画に出てくれと依頼されている。映画作家はカメラの後ろから出、マイクを確かめたり、皆に自然に演技してくれ、などと指導したりしているところを故意にか、アクシデンタルに(を装って)か、もう一つのカメラによって捉えられる。カウボーイが来るまで、手持無沙汰な彼らは、思い思いに雑誌をめくったり、パイナップルを切って皆に供してみたり(誰ひとり手をつけない)、ミュージシャンたちはおもむろに演奏を始めてみたりする。ミュージシャンたちはフレディ・レッド(ピアノ)のカルテットにサックスのジャッキー・マクリーンが加わったもので、サントラも出ている。ただしこの映画の中では、起こっている出来事への相関性を欠いて、全く脈絡なく、思い出したように曲が演奏されるし、誰かが喋っているのに被さって、声が聞こえなくなるほどの音量で演奏されたりもして、劇のための音楽とは到底言えず、これが通常の意味で映画音楽と言えるかどうかすら疑問だ。

音楽でさらに言えば、この映画では、ミュージシャンたちが演奏を始める前と、ラストでミュージシャンたちが去った後の二回、一人の男が蓄音器を持って部屋を訪れ、レコードをかける。それがジャズなのだが、この男が何者なのかもよく分からないし、何故レコードを、しかもジャズのレコードをかけるのかもよく分からない。ただ言えるのは、レコードがかけられるのが、ミュージシャンたちが演奏をしていない時に限られる、ということだ。実際の演奏と、複製の音楽がズレをもって提示される。そのことは、この映画がドキュメンタリーを装った映画、紛いものであることをあからさまにした映画であることと、関係がなくはないと思う。この映画は、音楽の面でも、「自発性」の優位を疑わせるようにできているのだ。確かに実際のジャズメンの演奏が高品質である一方、レコードの音楽が、何故こんな場面があるのか意味が分からないこともあって、空しく響くのも確かなのだが、しかし全てが終わり、残された男たちが疲弊しきって、それぞれの孤独の中に沈み込んでいるラストシーンにこれ以上ふさわしい音楽もないのであって、その意味で劇伴音楽としてはむしろこちらの方が優れているとすら言えるかもしれない。生の演奏が「自発的」だから優れている、という理屈はここでは通用しないのだ。

先に述べたように、この映画では、「監督」が画面の中に映されたり、「カメラマン」自体も画面内に映ったり、さらには「カメラマン」が撮影している所がガラスに鏡状に映ったりもする。カメラが急激な回転をして場面変換する(あるインタビューによると、天井に紐でカメラを吊るして撮影したらしいので、その紐をねじって回転させたものだろう。女性なので、35ミリカメラが担げず、やむなく考えだした方法という)など、カメラの存在を観る者に頻繁に意識させるような作りがなされている。しかし、作りものであるとしても、作りものとしてリアルを感じることは、基本的に全て作りものである映画を観ることにおいて普通であり、そのことを意識させつつ、しかし同時に何かリアルな感情を観る者に惹き起すことをクラークもまた狙ってはいる。この、矛盾を抱えた二重性は、クラークの長編の特徴となる。

この映画でヤクの売人カウボーイを演じたのはカール・リーであるが、彼は、クラークの次回作『クール・ワールド』にも出演、共同脚本も書いている。また、第三作『ジェイソンの肖像』の主人公ジェイソンをクラークに紹介したのも彼であり、クラークの作品に大きな役割を演じている人物だ。もともとリヴィング・シアターの『ザ・コネクション』のオリジナル・キャストであるから、『ザ・コネクション』を通じてクラークとは知り合ったものと思われる。ところでこのカール・リー、実はカナダ・リーの息子である。ロバート・ロッセンの『ボディ・アンド・ソウル』(47)のあの黒人トレーナーを演じた、元ボクサーで、俳優に転じ、戦争中は人権活動家としても知られ、それ故戦後は赤狩りに遭って映画界を追放され、その直後に死んだ悲劇的俳優。奇しくもクラークの次回作、カール・リーが大きく関わる『クール・ワールド』は、ロバート・ロッセンの舞台演出作でもある。