映画の中のジャズ、ジャズの中の映画 Text by 上島春彦
第71回 「ラウンド・アバウト・ミッドナイト」物語 その1
マイルスの「ラウンド・アバウト・ミッドナイト」
前置きが長くなってしまった。一曲聴こう。最初に書いたアルバム「ラウンド・アバウト・ミッドナイト」冒頭収録の同名曲「ラウンド・アバウト・ミッドナイト」“Round about Midnight”を。
ところで皆さまが現在これをCDで聴くとすると、ジャケットに記載された曲名が「ラウンド・ミッドナイト」“Round Midnight”になっていることに気づかされるはずだ。即ち「アバウト」なし。日本語の部分(ライナーとか帯とか)だけでなく、英文ライナーも全部この短い表記に直されていることを既に確認してある。この点については次回詳しく述べるが、大ざっぱにまとめておくと。最初の録音音源(44年)では「ラウンド・アバウト・ミッドナイト」表記だったのだが、それから十数年後の五十年代末、歌詞がつけられた際に楽曲のタイトルも「ラウンド・ミッドナイト」となり、以降はそちらが一般的になった。一般的といっても単なる略称とかでなく、こちらの短い方が現在では正式タイトル。だからこのマイルスのアルバム(CD盤)でもわざわざ楽曲のタイトル「だけ」を短い方に変更してあるのだ。アルバムがリリースされた57年の時点では楽曲タイトルも、アルバム題に同じく「ラウンド・アバウト・ミッドナイト」だったのである。何度かLPで再発され、そのどこかの時点で現在の短い表記に替わったのだ。いちおうCDのデザイン関連表記は96年にLPで出た際のものを複写しているようだが、もっと以前の再発分から替わっていたかもしれない。これは私じゃ分からない。こういう時にも「中山康樹」に当たってみるという手はある。歴史的にどこの時点から短いタイトル表記になったか、中山が調べてある可能性があるからだ。またマイルスは十数回この曲を演奏録音しているからどこでは長い名前、どこでは短い名前、と区別しているかもしれない。
すると手元の「マイルスを聴け!バージョン6」では、何と全ての場合において「ラウンド・アバウト・ミッドナイト」で通している! これはこれで一見識だ。既述のとおり今では正式タイトルが「ラウンド・ミッドナイト」なのだから、それぞれのアルバムを眺めればこの短い方のタイトルで記されていたはずである。中山はわざわざそれを無視して、あえて(もう採用されていない)長いタイトルで行く、と決めたわけだ。今、全部のバージョン(単行本から文庫まで八冊くらいは存在するはず)を隅から隅まで読むことは出来ないのであやふやだが、ひょっとすると中山がこの件に関して一家言を持っていてきちんとどこかで見解を述べているのかもしれない。次回までの宿題にしておく。
なおユーチューブではどういう対応になっているかと言うと、音源をアップする人達は特にジャズ録音史の文献学に興味があるわけじゃないからまちまちである。当然。検索する際はどちらのタイトルでもひっかかるようだ(ただし長い方では十万件、短い方では三十万件ヒット)。要するに形式的には「正式名称と略称」という大ざっぱな解釈で問題は発生しない。皆さまには釈迦に説法であろうが、同じ音源がアバウトありなしで複数、別人によってアップされていることもある。
この、マイルスのアルバム「ラウンド・アバウト・ミッドナイト」収録の同題曲は、現在までに発表されたマイルス音源でカウントすると四回目(録音順。ブートレグ込み。中山の著書による)であり、録音順に聴くという選択肢もあったわけだが何故わざわざこれから聴くのか。理由は単純。これが最も有名で、しかも決定版だから。数名のジャズマンとアレンジャーの工夫を経て、この曲に関してはこのやり方しかない、というレベルに達したのがこれなのだ。またアルバムについてもマイルス初のメジャー・リリースということもあって、原盤ライナーに気合が入っている。原盤はジョージ・アバキャンの執筆。日本語ライナーは小川隆夫執筆。
ここからは、いちおう皆さまはこの盤をもう聴いたと仮定して話を進めよう。まずアバキャンのライナーから引用。ちと長いが史的位置づけがちゃんとわかる貴重なものだ。

セロニアス・モンク
本アルバムに収められている曲はマイルス・デイビスのバンドがここ数年披露しているものばかりである。ピアニスト、セロニアス・モンク(後述。上島注)によって書かれた〈ラウンド・ミッドナイト〉はエリントン(後述)のトランペッターであったクーティ・ウィリアムス(後述)による装飾音を配したものもあり、十数年前に初めてウィリアムスによって行われ、その後ガレスピー(後述)によってもレコーディングされており、モダン・クラシック・ジャズとすることもできる。マイルスは人々が彼の安否を案じ始め出した頃(後述)に出演した1955年のニューポート・ジャズ・フェスティヴァル(後述)でも演奏している(彼は復帰していたのだが、彼の演奏を耳にしたものはまだいなかったのである)(後述)。熟考されたこの曲の進行はマイルスの持つ陰鬱なムードを出すのに打って付けで、これはジャズの作品としてマイルスがずっと関わりをもっていく曲であることを予感させる。

アバキャンの予感は正しかった。「ラウンド・アバウト・ミッドナイト」は五十・六十年代マイルスを代表するレパートリーとして欠かせないものに成長することになる。以降十年間ほどでこの曲が何回マイルスにより演奏されたかは見当もつかないが、とりあえず「マイルスを聴け!バージョン6」に記載された発表音源だけで十数回ある。公式(正式)音源はそれほど多いわけではない(ライヴを含めても五回くらいか)のだが、既述のように近年はブートレグというのがあり、さらにインターネットだけで聴ける音源もどっさりある。注目すべきブートレグ、ネット音源、公式音源、全てひっくるめて次回以降紹介していこう。上記の「後述」キーワードについても同様。マイルス以外の音源にも当然言及するつもりだ。(続く)