映画の中のジャズ、ジャズの中の映画 Text by 上島春彦    第59回 残暑の松本と「ラプソディ」後編
和田誠の伝説的番組がある朝、何となく蘇った!
毎朝何となく見てしまうテレビ番組というのは誰にもあると思う。私の場合NHKの衛星放送枠、平日午前九時からの「プレミアムアーカイブス」で、ほぼ毎日チャンネルを合わせているにも関わらず何をやるか全く事前の知識なしで見る。一応番組のコンセプトを一言で説明すると「リクエストによる過去のNHKの番組からの再放送」ということだ。12月9日月曜日の朝、要するに今朝さっきのことだが「もういい加減で原稿やらなきゃなあ」なんて考えながらリモコンのスイッチを入れたところ、「TV60 テレビ史を彩る番組から」というシリーズの第四弾が始まった。今回のセレクションは女優中村メイコさんでその初日のプログラムは「新しい動画 三つの話」とある。
タイトル自体には聞き覚えがなかったのだが、番組冒頭、司会者で先日交通事故に巻き込まれて足をくじいた美人アナウンサー内藤裕子さんの隣のモニター画面に映し出されているのは紛れもなく和田誠の絵による象と象使いの姿。これでピンときた。これは例のアレだ。だとすればジャズがらみでこのコラムのイントロにピッタリである。三十分後、大いに番組を堪能したところで、さっそく始めよう。

そういうわけなので今回の始まりは和田誠の著書「銀座界隈ドキドキの日々」(文藝春秋刊)の引用から。これは六十年代、和田さんが銀座の広告デザイン会社ライト・パブリシティに勤める会社員だった頃を回顧したものでいわば「銀座グラフィティ」。その中にこの番組の件が記されているのである。「ライトに入社した年の秋、ぼくはNHKの子ども向け番組のディレクター、後藤田純生氏と知り合った。後藤田さんはぼくと会うなり、来年の正月番組としてアニメーションを作りたい、三十分枠をとってあるから、好きなようにやってくれ、と言うのだ。」

「一人で三十分は無理だけど、三人集まって一人十分ずつ作ってオムニバスにするならやれるかもしれません」後藤田さんが賛成したので、ぼくは多摩美で一年下の中原収一君を推薦した。彼の描く絵がアニメーション向きだと思ったのである。(略)後藤田さんは俺も一人推薦したい、と言って小園江(おそのえ)圭子という名を挙げた。(略)すぐに三人は顔を合わせ、さてどうしようと相談をした結果、それぞれ好きな童話を十分のアニメーションにしようということになり、小園江さんは浜田広介の「第三の皿」を、中原君は小川未明の「眠りの町」を、ぼくは宮沢賢治の「オッペルと象」を選んだ。NHKは内幸町にあった。ぼくは勤務時間が過ぎると、西銀座から国電のガードをくぐって内幸町まで歩いて行った。ほかの二人はフリーランサーと学生だから昼間から作業ができる。ぼくは夜の作業組だ。(略)それぞれが分担をこなして三本の短篇アニメができた。次は音楽だ。

こうして本コラムに話題がつながる。再び引用。

ぼくはこの仕事の直前に前田憲男、三保敬太郎、山屋清の三人による「モダンジャズ三人の会」というコンサートを聴いていた。モダンジャズは好きだったし、日本人によるオリジナルということにも興味があったからだ。(略)ぼくたちもちょうど三人だから、あちらの三人に音楽を依頼したらどうだろう、とぼくは提案した。アニメーションとモダンジャズの組み合わせというのも新しい試みである。(略)このアニメーションは一九六〇年の正月に予定通り放映された。あまり評判にはならなかったけれど、後藤田さんは子ども向け番組におけるアニメーションの効用をこれで確信したらしい。この仕事の二年後に後藤田さんはアニメと共に歌を聴かせる帯番組を企画する。第一回目をぼくが依頼され、谷川俊太郎作詞の「誰も知らない」にアニメーションをつけた。今もその番組は続いている。「みんなのうた」である。

月曜日に放映された際にはここに引用したような切り口ではこの番組のことは紹介されなかったが、それもやむをえまい。
一応、そこで語られたことも一言記しておくと、この「新しい動画 三つの話」はビデオ合成技法のひとつ「クロマキー」がNHKで最初に使われた例とのこと。番組の語り手である若き日のメイコさんは何故か着物姿であり、彼女いわく「若いお母さんの」イメージとおっしゃったが、お正月番組だから着物だったのだと本書を再読し納得した。この番組の余波がさらにまた別な番組や新たな企画へと続いていくことも読み進めれば分かるのだが、それに関してはまた別なお話ということで。本コラム的な話題は当然「モダンジャズ三人の会」のことになる。

「ソウルを求めて モダンジャズ三人の会/原信夫とシャープス・アンド・フラッツ」
三人それぞれの仕事については後述するとして、この会の代表的な仕事としてCDにはなっていないようだが「モダン・ジャズ・コンポーザーズ・コーナー」“Modern Jazz Composer’s Corner”(東芝)というレコードがある。実はまだこのアルバムを私は聴いたことがない。一方、CD化されたおかげで簡単に聴けるようになった一枚が「ソウルを求めて モダンジャズ三人の会/原信夫とシャープス・アンド・フラッツ」“Soul”(コロムビア)である。リリースはまさにこのアニメーション番組が放映された60年。これは当時気鋭作家だった彼らに原がそれぞれ新曲を依頼して思う存分に腕をふるってもらいシャープス・アンド・フラッツ、それに加えて渡辺貞夫らの精鋭オールスターズが演奏するというトータル・コンセプト・アルバムで、三人それぞれの「ソウル」ミュージックを聴くことが出来る。
オリジナルの曲目とかをことさらに明記しても仕方ないから、ともかく一度聴いていただきたい。また名曲からインスパイアされたオリジナルや名曲の斬新な編曲版もある。それについては次回にふれよう。またここで使われた「ソウル」という言葉は現在言われるものとは微妙に違うことも書いておく。違わない部分もあるのだが、要するに「黒人的」というニュアンスを強調してこの言葉が使われている。「ファンク」とか「ファンキー」といった言葉がやはりこの当時の使われ方と現在とで微妙に違うのと事情は似ているかも知れない。これらの言葉は今では黒人音楽の一ジャンルとしてきっちりジャズから切り離されているわけだが、この時代にはジャズのある種の気分をあらわすものとして使われていたのだ。
近年「和ジャズ」ブームのおかげで三人の仕事にも改めて脚光が当てられることになり、忘れられていたアルバムがCDでリリースされる機会も増えた。ここにそれぞれの単独でのアレンジャー、作曲家の仕事をアルバム単位で一枚ずつ紹介しておこう。

まず山屋清が全曲アレンジを担当した原信夫とシャープス&フラッツの「ダイナミック・ブラス」“Dynamic Brass”(コロムビア)。油井正一のオリジナル・ライナーを引用すると「5本のトランペットに5本のトロンボーン、合計して10ブラスという、あまり耳に出来ない強烈なブラス・サウンド」が特色。山屋は「1932年生まれ。(略)日大工学部機械科4年中退後、国立音楽大学にしばらく通い、音楽の基礎を固めた。(略)浜口庫之助とアフロ・クバーノ(1955年)を経て、1956年から原信夫とシャープス・アンド・フラッツに、バリトン・サックス奏者として加わり、足かけ5年間このオーケストラに在団した」とのこと。本作リリースは69年。
続いて前田憲男は「フォレスト・フラワー シャープス・アンド・フラッツ‘68」“Forest Flower”(コロムビア)をあげよう。同じ楽団だし聴き比べると面白い。本盤は前田を作曲家としてではなくはっきりアレンジャーとしてだけ捉え、全曲有名なポップス或いはジャズ・ロックで攻める、というコンセプト。タイトル曲はチャールズ・ロイド・カルテットによるオリジナルで知られる。 三保敬太郎は映画『鐘』(監督:青島幸男、66)のオリジナル・サントラ盤(SUPER FUJI DISCS)を。この映画には出演もしている。映画音楽に様々なスタイルのジャズを取りこんだ革新者は彼であったろう。そういう側面が最もよく表れたアルバムがこれ。映画も以前ビデオで発売されたことがあるものの、さすがにショップで見つけるのはもう無理だと思われる。
本連載第23回で日本映画とジャズの関連性を示すメルクマールとしての1960年を扱っている。劇場で『拳銃の報酬』“Odds against Tomorrow”(監督:ロバート・ワイズ、59)が公開され、ジョン・ルイスの先鋭的なジャズのスコアが注目されることになるその直前に、テレビの世界ではNHKにおいてこの動向に呼応するかのように前田、三保、山谷を起用した「新動画 三つの話」が放映されていたのだ。前年秋には武満徹によるブルース音階を駆使したオーケストラの響きが斬新な『ホゼー・トレス』(監督:勅使河原宏、59)が草月ホールで公開されていた。そしてアート・ブレイキーとジャズ・メッセンジャーズのサンケイホール来日公演で日本に最新鋭のジャズ・ブームがもたらされるのはこの一年後であった。