映画の中のジャズ、ジャズの中の映画 Text by 上島春彦   第58回  残暑の松本と「ラプソディ」前編
パリの街路、大渓谷、そしてNY
さらにもう二枚ほど「ラプソディ・イン・ブルー」の名盤を挙げたい。一枚は「ラプソディ・イン・ブルー ウェスト・サイド・ストーリー/ラベック姉妹」“Rhapsody in Blue, West Side Story”(KTLRecordings)。そしてもう一枚は「ガーシュウィン:ラプソディ・イン・ブルー グローフェ:グランド・キャニオン他/レナード・バーンスタイン」“Gershwin: Rhapsody in Blue, An American in Paris, etc.”(Sony)で、こちらは小澤征爾の師匠バーンスタインがコロンビア交響楽団を指揮し自らピアノを弾いたもの。アルバムにはこの二曲だけでなくバーンスタインの自作曲も含まれる。前者は、日本でも人気の高いピアニスト姉妹の演奏によることから推測されるように、ガーシュインが1924年、最初に二台のピアノ用に編曲した楽譜を採用したものである。
両盤に共通するのはガーシュインとバーンスタインのカップリングということで、ジャズとクラシックを融合するアメリカ現代音楽の一系譜を共にアルバムのコンセプトに狙っていると分かる。またガーシュインもバーンスタインも作曲家兼ピアニストでユダヤ系というのも共通点。今回詳しく触れる余裕はないが、実は初期のジャズに積極的に関わった白人スター・プレイヤーの多くがユダヤ系だったことも分かっている。ただし、そういう観点を強調し過ぎると「ジャズは黒人じゃなきゃダメ、さもなきゃユダヤ系じゃなきゃダメ」というダメダメ主義に堕するので気をつけたい。バーンスタイン盤の聴かせどころはもう一つ。グローフェの組曲「グランド・キャニオン」“Grand Canyon Suite”だ。ファーディ・グローフェ、本名フェルディナンド・ルドルフ・フォン・グローフェは第27回で述べたように「ラプソディ・イン・ブルー」の編曲者である。ラベック姉妹盤で聴ける二台のピアノ盤からまず彼の所属するポール・ホワイトマン楽団用に小編成でアレンジし、曲の好評を受け、ガーシュインの死後現在のオーケストラ用に大編成で再アレンジした。バーンスタインが使っているのはこちらの楽譜。グローフェの作曲家としての才能を開花させたのが「グランド・キャニオン」別名「大渓谷」で全五曲から成る。一曲目の「日の出」は21年に作曲されたというから「ラプソディ」以前だが後が続かず、スランプに陥っている間に来たのが「ラプソディ」の仕事。彼の名前はこの曲の成功と共に編曲家として一躍上がるのだが、ガーシュインが「編曲能力のない作曲家」として誤って知られることになるのに呼応するように、グローフェの方は「作曲能力のない編曲家」としてのみ有名になってしまう。残る四曲を完成させ発表したのは31年で、ようやく作曲家としての評価も定まった。もちろんその頃までにはガーシュインも自らの曲に自身で編曲を施し汚名を晴らしたのは言うまでもない。

そうしたガーシュイン作曲編曲の代表作が「パリのアメリカ人」“An American in Paris”で、ここにも収録されている。彼はその他にもよりクラシック寄りのジャズっぽい名曲を書いたが、これが特筆されるべきなのは、これまた既述の「アイ・ガット・リズム」と同様にジャズマンに愛されて異なる曲に変形というか変換されたからだ。それが「パリの舗道」“A Parisian Thoroughfare”で、作曲(編曲?)はバド・パウエルである。名盤「アメイジング・バド・パウエルVol.1」“The Amazing Bud Powell Vol.1”(Bluenote)他で聴ける。もう一枚名演を挙げると「クリフォード・ブラウン・アンド・マックス・ローチ」“Clifford Brown and Max Roach”(EmArcy)。ダン・モーガンスターンによるオリジナル盤のライナーを少しだけ引用しておく。

「パリジャン・ソロウフェア」はバド・パウエルが愛する街への思いを込めて作曲した曲だ。急速調のテンポで巧みに情景を描き出した編曲は、おそらくリッチー・パウエル(バドの実弟)が手がけたものであろう。二人のリーダー、ブラウンとローチにとってもパリはなじみの街であり、あの街頭の雑踏ぶりが活きいきと再現される。「パリのアメリカ人」や「マルセイエーズ」を連想させる場面もあり、演奏は終始、活気に満ちている。(翻訳は油井正一らしい)

注を一言つけておくと、リッチー・パウエルも兄バド同様ピアニスト。クリフォード・ブラウンと共に若くして自動車事故死してしまったため兄ほどの名声を得ることはなかった。

そしてバーンスタイン。この演奏が録音された59年は指揮者、演奏家の彼にとってニューヨークを本拠地に華々しい活躍を開始する幕開けの時期に当たる。また作曲家としては舞台ミュージカル「ウェスト・サイド・ストーリー」“West Side Story”が成功を収めたばかり。やがてそれが二年後には映画『ウェストサイド物語』“West Side Story”(監督:ロバート・ワイズ、ジェローム・ロビンス、61)となり、彼はアメリカを代表する音楽家と世界中から認識されるに至るだろう。いわば「ウェスト・サイド・ストーリー」はバーンスタインにとっての「ラプソディ・イン・ブルー」であった。「ウェスト・サイド」にも名盤は数々あるが一枚だけ挙げると「ウェスト・サイド・ストーリー/レナード・バーンスタイン」“Bernstein: West Side Story”(Deutsche Grammophon)が決定版か。本連載的には「映画《波止場》からの交響組曲」“Symphonic Suite from On the Waterfront”が聴ける点からも基調だし、何と言っても舞台のプロジェクト的にクラシック歌手と演奏者、ジャズプレイヤーを個々に集めた音源作りが最上の効果を発揮する。(以下次回)