映画の中のジャズ、ジャズの中の映画 Text by 上島春彦
第44回 60年代日本映画からジャズを聴く その5 今回は豪華二本立てメニューでお届け!
新東宝ヌーヴェル・ヴァーグの二人、東映へ
武満との仕事は後述するとして、この名前が上げられていない「東映の音楽係」、彼にもう少し注目しておきたい。「映画魂」インタビューで石井最初の東映作品、61年の『花と嵐とギャング』について、石井はこんなことも述べている。「音楽は、ぼくうるさくないんですよ。ただ、感じを言うだけです。音楽はいちばん怖いですよ。何もってくるかわかんないでしょ。もうほとんど現場で直すわけにはいきませんからね」。
もちろんこの言葉だけから勝手に多くを推測するわけにはいかないが、スタッフの差配を「音楽係」がやっていたのならば、『花と嵐とギャング』の音楽三保敬太郎も石井自身の選択ではなくて、「音楽係」の示した案だった可能性がある。この『ギャング』シリーズ二篇の間の二篇『霧と影』と『黄色い風土』の音楽が木下忠司で、いかにも地方色豊かなミステリー映画にぴったりの人選だから、先に石井が述べているように作品世界の要請する雰囲気に応じて映画音楽家を彼が振り分けていたのではないだろうか。インタビュアー福間健二も「石井さんの映画の音楽はずっといいんですね。新東宝時代の渡辺宙明さんもいいし、『セクシー地帯』だけは平岡精二さんで、これも粋でした。これ(『花と嵐とギャング』のこと)は、まだ八木正生さんじゃなくて、三保敬太郎さんですか。音楽はかっこいいですね」と特筆する。
おっしゃるとおりで、石井映画は新東宝時代からモダン・ジャズの音楽がかっこいい。そして末期新東宝を「かっこいいモダン・ジャズ」音楽で一気に刷新した二人のジャズ・ピアニストが三保敬太郎と八木正生だったのだ。それを考えると、この無名の(というかクレジットがない)「音楽係」のコンセンサスがいわば「新東宝ヌーヴェル・ヴァーグ」を東映に強引に移植することだったのは明白だ。三保についてもいずれ別に稿を起さねばならない。彼の場合、八木と異なり、出発地点はこの時期の新東宝からさらにさかのぼり、同時期に他社でも仕事をしているが聴ける音源は限られる。この件は宿題。ただとりあえず、勝手に「新東宝ヌーヴェル・ヴァーグ」と呼んでみたこの時期の三保、八木の仕事を列挙してみる。

『日本ロマンス旅行』(監督石井、音楽八木、59年6月封切り)
『女と命をかけてブッ飛ばせ』(曲谷守平、三保、60年5月)
『肉体の野獣』(土屋啓之助、八木、60年5月)
『女獣』(曲谷、三保、60年8月。これはDVD化された)
『トップ屋を殺せ』(高橋典、八木、60年9月)
『男の世界だ』(土井通芳、三保、60年10月)
『風流滑稽譚仙人部落』(曲谷、三保、61年)

充実のラインナップ。石井輝男はこの後に『セクシー地帯(ライン)』でジャズ・ヴァイブラフォニスト平岡精二を起用して、この路線の紛れもなく最高傑作に仕上げているのも特筆すべき。また一連の『地帯(ライン)』シリーズやアクション映画『女体渦巻島』他の音楽を渡辺宙明(彼が本格的にジャズに傾倒するのは67年以降とされるが、これらも十分ジャズである)が担当しているわけだ。三保はというと『すべてが狂ってる』(鈴木清順、前田憲男と三保が共同で音楽、60年10月)を日活で担当したばかりでなく、積極的に他社の仕事もこなしていた。ヌーヴェル・ヴァーグが日本映画に与えた音楽的影響については、他社の情勢を交えて本コラム第23回「ヌーヴェル・ヴァーグ旋風と日本映画(のジャズ)」で取りあげている。
クスリのおかげで八木が東映という新しい職場を得られたわけではないにせよ、この「音楽係」の努力が実を結んで石井と八木が再会し、やがては『網走番外地』(65)という決定的な作品を生み出すことになった、とは言えるだろう。まさに人生いろいろ、である。東映時代の映画音楽も後述としたいが、『恋と太陽とギャング』についてだけは取り急ぎ記述しておくべきだろう。確かにスコアは十分ジャズで楽しめるが、画面のジャマにならない音楽。これは八木にしてみれば映画音楽の基本にして目標であろうから、観客が文句を言う筋合いではないが、にも拘わらず物足りない。
むしろ面白いのはわざわざオリジナル曲でジャズ・ヴォーカルをチコ・ローランド(吹き替えかも)が披露するところ。始まりが「マイ・ファニー」で、なるほど「ヴァレンタイン」と続くのだなと思わせてさにあらず「ラヴァー」と来るあたりの遊び心が楽しい。こういうギミックを評価するべき作品になっている。
一応説明すると「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」“My Funny Valentine”というのはジャズ・スタンダードの名曲中の名曲で、男性ヴォーカルではフランク・シナトラの「スイング・イージー」“Swing Easy”(Capitol)版とチェット・ベイカーの「チェット・ベイカー・シングス」“Chet Baker Sings”(Pacific Jazz)版がとりわけ有名。しかし八木がヒントにしたのは数年前公開の『夜の豹』“Pal Joy”(ジョージ・シドニー、57)でキム・ノヴァック(吹き替えたのはトゥルーディ・アーウィン)がそのシナトラに歌いかけたバージョンだったかも知れない。(続く)