海外版DVDを見てみた 第31回 マルグリット・デュラス:彼女はなぜ映画を撮らねばならなかったのか(1) Text by 吉田広明
『ラ・ミュジカ』ポスター

『ラ・ミュジカ』撮影中のデュラス(写真左)
デュラス監督に乗り出す
デュラスが自ら監督に乗り出すのは66年の『ラ・ミュジカ』を待たねばならない。これは元々65年、イギリスBBCの「ラブ・ストーリー」というシリーズのために委嘱されて書かれた戯曲で、その初演が放映されたものだ。それを見たジョゼフ・ロージーが賞賛の手紙をデュラスに書き送り、それに後押しされてデュラスが自身映画にすることとなったとされる(『愛と狂気の作家』中『ラ・ミュジカ』解説)。ただし、ポール・セバンとの共同監督。セバンは本作以外はTVドラマの監督しかしていない。この作品はフランスでDVD化されており、見ることができる。

とあるホテルのロビーで男女が出会う(女を演じているのはデルフィーヌ・セイリグ)。どうも知り合いらしい二人の交わす言葉から、二人がかつて夫婦であり、正式な離婚の手続きのためにその町に帰ってきたらしいことが分かる。前半でこそ、男と、たまたま知り合いになった若い女とが郊外にドライブに出たりする場面もあるものの、映画の後半はもっぱらかつての夫婦二人の会話で占められ、その中でかつて男が女を殺そうとしたこと、女が自殺を図ったことなど、当時それぞれが知らなかった出来事が告白される。この会話の中で二人はかつてのこだわりを融解させ、彼らの間には再び愛のようなものが生まれ始める。しかし二人にはそれぞれ別の相手が既におり、修復するには遅すぎ、また改めて始めるには早すぎる、と自覚し、別れてゆく。

ホテルのロビーという、親密さを漂わせながらフォーマルでもある空間、そしてガラスや鏡が生む反映像など、以後のデュラス映画に特有の空間が既に姿を現しているが、ここで重要なのはやはり会話である。二人は自分たちの過去を思い出し、語っている。今ここを満たしてゆく言葉が、いまここにない過去を想起するというズレ。在と不在の相克。ただし、二人が語っている内容が、それぞれが知らなかった過去の「真相」として聞こえるため、デュラス的な語りのいかがわしさは感じられない。また、後半は二人の会話が延々捉えられ、それはそれで異様ではあるにしても、小説『モデラート・カンタービレ』で「普通」の小説の比重を逸して会話が際立って見える程ではない。要するにこの映画には、男女の心理の機微を捉えた普通の映画に見えてしまう弱さがあるのだ。