海外版DVDを見てみた 第22回 バッド・ベティカーのフィルム・ノワール Text by 吉田広明
『殺し屋は放たれた』ポスター
『殺し屋は放たれた』
ベティカーは、B級映画に甘んじている気はなく、いずれそこから抜け出すつもりであったが、そのためには自分でシナリオを書かなければ、と思ったようだ。そこで、アメリカ出身の若者が闘牛に魅入られ、闘牛士としてデビューするが、そのデビュー戦で大怪我、そればかりでなく助けに入った師匠を死なせてしまう、皆からも離反されるが、しかし再起をかけて立ち上がる、という自分の闘牛体験をモデルにした物語を構想。『キラー・シャーク』Killer shark(未、50)で助監督についていたアンドリュー・V・マクラグレンにその構想について話すと、彼は友人のシナリオ作家、ジェームズ・エドワード・グラントに話す。グラントはさらに、友人であるジョン・ウェインに話を持って行き、そこでジョン・ウェインが製作、グラントがベティカーのシノプシスをシナリオ化する形で、実現が決定する(今さら言うまでもないが、アンドリュー・V・マクラグレンは、名優―という呼称が似合わない気がするが―ヴィクター・マクラグレンの息子で、ヴィクターはジョン・フォード組)。会社の押し付けでなく、自分の映画、と言える本作以後、オスカー・ベティカーはバッド・ベティカーと名乗ることになる。ただし、ベティカー自身の編集で二時間になった作品を見たジョン・フォードは、主人公のロマンス場面を不要と助言、ウェインはフォードの意見を当然重んじ、フォードに編集を任せてしまう。公開版は90分程度。ベティカーはこれに不満を残すことになる(ベティカーとウェインの間の屈託は、その後、ウェインが、彼の製作になるバート・ケネディのシナリオをベティカーに監督依頼することで解消する。それがラナウン・サイクルの劈頭となる『七人の無頼漢』56、である)。『美女と闘牛士』は、80年代に二時間版として修復された(これも近々にOlive filmsから発売される)。


『殺し屋は放たれた』のウェンデル・コーリー
短縮されてしまった『美女と闘牛士』だが、脚本と原案でオスカー候補にもなり、ベティカーの名は業界に認知され、A級にランクアップする。以後、西部劇を中心に撮ってゆくことになるが、A級とはいえ、70分から80分程度の作品が多い。さて、こうした中久しぶりに撮ったノワールが『殺し屋は放たれた』The Killer is loose(未、56)である。これもMGM からDVD-R発売された。これについては既に拙著『B級ノワール論』巻末で紹介済みではあるが、改めて多少。

郊外の銀行を襲った強盗事件が発生、犯人たちが内部事情に通じていることから内通者があると見た警察は、分厚いメガネのフォギーという渾名の銀行員に目をつける。警察はその自宅に逮捕に向かうが、銃撃戦となって、そのとばっちりでフォギーの妻が死ぬ。妻を溺愛していたフォギーは、彼女を撃った刑事とその美しい妻を法廷で見かけ、復讐を誓う。その後脱獄した彼は、一旦戦争中に同じ部隊だった男の住宅に隠れ、そして刑事の自宅に向かう。

刑事を演じているのはジョゼフ・コットンで、彼の存在によって、A級なのかな、とは思わせる(ただし本作も70分台)。50年代も半ばを過ぎた時期に製作されており、既にノワールも末期、筆者の言い方で言えば、ノワールが普遍化してしまった時代である。実際、冒頭の銀行強盗も郊外で、しかも真昼に起こるのだし、犯人が隠れるのも、刑事が住まうのも、小市民の住宅街。都会の夜を舞台とすることの多かったノワールの風土はだいぶ様変わりしてしまっている。凶悪犯の脱獄、その捜査の進展は、新聞ばかりでなく、今やTV中継によってお茶の間に伝えられ、犯人が現れるのを待つ刑事宅内部とその周辺で張り込む捜査陣は無線で連絡を取り合う。しかし、一旦は自宅外に退避させられていた妻が、夫の身を心配して自宅に向かうと、ちょうどそこに変装した犯人が後ろにつく形になり、妻が自宅に入ろうとするならばすぐさま犯人は襲い掛かろうというところ、妻は刑事の目配せで事態を察し、自宅前を通り過ぎて身を伏せる。ようやく彼女が目指す相手と知って彼女に殺到しようとする犯人は、しかし刑事たちに射殺される。いかにも現代的な遠隔通信メディアを駆使しながらも、遠隔であるがゆえに刑事たちはうかつに手が出せず、結局妻は、目配せという近接メディアによって救われるという逆説。

刑事と妻の場面がいささか重い気はするが、ただひたすら刑事の妻に近づこうとする犯人の行動は、理屈や複雑な心理描写など欠いているだけに、かえって犯人の行動を「妄執」というにふさわしい不気味なものにしている。B級映画の効用である。また、全編が二者の「距離」が縮まり、遂にゼロになる物語だと考えれば、これは西部劇と構造を一にしていると言える。ベティカーは、本作と同年の『七人の無頼漢』を皮切りに、ラナウン・サイクルの西部劇七本を撮り始めることになる。本作は、あるいはこの傑作群の前哨戦だったとも言えるのかもしれない(とはいえ、それ以前から西部劇は撮っているが)。