海外版DVDを見てみた 第19回 ドナルド・キャメルを見てみた Text by 吉田広明
『ホワイト・アイズ』DVDジャケット
『ホワイト・アイズ』と『ワイルド・サイド』
キャメルの三作目は『ホワイト・アイズ(日本で出ていたビデオには、その後「隠れた狂気」という副題がつくがここでは省略)』White of the eye(87)。舞台はアメリカ西部のトゥーソン。主人公は高級オーディオの販売とセッティングを生業とする男(デヴィッド・キース)とその妻(キャシー・モリアーティ)。妻はかつてインディアンの子孫と付き合っており、男はインディアンから彼女を略奪したという過去があるのだが、現在の映像に過去のフラッシュ・バックが、何の前触れもなく差し挟まれるので、見るものは一瞬混乱する。しかしこれは『パフォーマンス』の際の意図的な時制の混乱という感じがしない。ただぶっきらぼうに繋がれているだけという印象なのだ。ところで当地の高級住宅地で女性の惨殺事件が連続して発生しており、被害者はナイフで遺体をバラバラにされている。有体に言ってしまえば主人公が犯人なのだが、その真相が著しく説得力を欠いている。男は脳内に空洞があって、部屋の中で声を発すると、脳内の空洞に反響が伝わり、どこにスピーカーを置けばいいのかすぐ分かる特技がある、という設定であり、その特異体質が犯行と関わりがあるのかないのか、はっきりしない。またかつてインディアンの男と主人公とは、しばしば狩りに行っていたのだが、その際、興奮した主人公が、仕留めた獲物の手足をもぐ残酷行為を行っていたとして主人公の残酷さが示されるものの、しかしこれでは犯行の理由付けにはなるまいと思う。クライマックスは、打ち捨てられた採石場が舞台だったり、題名になっている白目の歪んだクロース・アップが何度か意味ありげに示されるのだが、上滑っている感じで、それらが単なる意匠にしか見えない。

『ワイルド・サイド』のレスビアンたち
『ワイルド・サイド』Wild Side(95)は、マネー・ロンダリングなど闇金融を生業とする男(クリストファー・ウォーケン)が、高級娼婦をしている女(アン・ヘッシュ)と客として知り合うが、彼女が昼は銀行のやり手社員と知り、彼女を利用しようとする。男の運転手=手下を勤めている男がいて、これは実は警官、潜入操作をしており、彼もまた捜査のために彼女を利用しようとする。一方彼女は、ウォーケンの遣いとして銀行にやってきた男の妻(ジョアン・チェン)と性的に惹かれあい、男を裏切って、二人で逃亡しようとする。悪いやつらがそれぞれに思惑で動き、その果てに何が訪れるのか、という犯罪サスペンスで、フラッシュ・バックやフラッシュ・フォワードなどの編集による時制の混乱といい、犯罪+トランス・セクシャルなエロティシズム+狂気(ウォーケンはパラノイア的であり、潜入捜査員はマッチョで暴力的なサイコ野郎)という主題といい、確かにキャメルの映画ではあるのだろうが、同じような裏社会と性の饗宴を描いた『パフォーマンス』におけるように、「今ここ」が、別の時空間に向けて無理やり開かれていくような、底なしのトランス感覚とは程遠い。本作は、製作主体によって、ヘッシュとチェンのレスビアン場面を強調するような形で編集された。99年に編集者、製作者のフランク・マゾッラが監督の意向に配慮した形で再編集した版が現在DVDで見られるもの。公開版を見ていないので判断はつきかねるが、再編集版が公開版と比べて格段にいいのかどうかは疑問が残る。