海外版DVDを見てみた 第19回 ドナルド・キャメルを見てみた Text by 吉田広明
今回は、イギリスのネオ・ノワールの傑作とされる『パフォーマンス』の共同監督の一人、ドナルド・キャメルの犯罪映画を取り上げる。といっても、キャメルには長編映画として生涯四本しか作品がなく、そのうちの三本が犯罪映画、もう一本はSFホラーである。『パフォーマンス』はニコラス・ローグとの共同監督という事になっているが、ローグについては今回言及しない(ローグの『赤い影』をノワールとする場合もあるようだが、これはやはりスリラー、ないしオカルト的ホラーと言うべきだと思う)。キャメルといえば『パフォーマンス』が突出して有名で、それ以外に犯罪映画を撮っていたことはあまり知られていないように思う。というか、筆者が知らなかっただけなのかもしれないが、調べてみたら犯罪映画二本とも日本でビデオにはなっていたようで、筆者は今回海外版DVDで初めて見たわけなのだが。よって今回、海外版DVDを見てみた、という枠組みにはそぐわないかもしれないが、ドナルド・キャメルで書いてみる。

ドナルド・キャメル
ドナルド・シートン・キャメルは、34年、スコットランドのエジンバラ生まれ。父は詩人で作家のチャールズ・リチャード・キャメル。美術に優れ、16歳で奨学金を得て、ロイヤル・アカデミー・オブ・アーツに学ぶ。その後フィレンツェに留学、フレスコ画、肖像画の画家ピエトロ・アニゴニに弟子入り。50年代、ロンドンで肖像画家として活躍するが、その後画家を断念(その理由は不詳)、映画を志す。68年、書いた二本のシナリオが映画化される。『ザ・タッチャブル』The Touchable(未、ロバート・フリーマン監督)と、『太陽を盗め』Duffy(ロバート・パリッシュ監督)。前者はロック・スターを、熱狂的な女性ファン四人が誘拐、誘惑するというものらしく、『パフォーマンス』でロック・スターを登場させていることを連想させる。後者は、二人の兄弟が金持ちの老人から金を強奪する顛末を描く犯罪喜劇らしい。元々は『アヴェック・アヴェック』Avec Avecと題されていたらしいこの作品(『パフォーマンス』の「二」へのこだわりを鑑みると、英語で言えばwithと等しい単語を二重に用いる題名で、興味深い)には、ジェームズ・フォックスが出演しており、ここでのフォックスの演技に感銘を受けた彼は、自作シナリオが改変されるのを見て、自分で監督しようと決めた次回作にフォックスの起用を期す。

キャメルの作品理解にとって重要と思われる事実として、彼の父がアレイスター・クローリーの伝記を書いたことを挙げておこう。クローリーは魔術師。「黄金の暁教団」から離脱、世界各地を巡って独自の儀式魔術を広めたが、その儀式の中には麻薬や性行為も含まれていたため、「20世紀最悪の魔術師」と呼ばれた(平凡社世界百科事典)。クローリーはキャメル家の近所に住んでいて、ドナルドもクローリーを見知っていたという(ウィキペディア英語版キャメルの項)。クローリーのオカルト的世界観は20世紀のポップ・カルチャーに多大な影響を与えており(サマーセット・モームも、『魔術師』でクローリーをモデルにしている)、ビートルズの『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』のジャケットにも肖像が載っている(最上段左から二番目)が、今挙げておくべき信者としては、アメリカのアンダーグラウンド映画作家ケネス・アンガーやローリング・ストーンズのメンバーたち、およびレッド・ツェッペリンのジミー・ペイジがいる。69年、ケネス・アンガーは『わが悪魔の兄弟の呪文』でミック・ジャガーに悪魔を演じさせ(キース・リチャーズ、アニタ・パーレンバーグも出演。『パフォーマンス』にも出演しているパーレンバーグは、ブライアン・ジョーンズとミック・ジャガー、キース・リチャーズの恋人であり、キースとの間に二人の子供がいる)、72年に再撮影(66年撮影した素材は盗難)された『ルシファー・ライジング』には、キャメルがルシファー役で出演、ミック・ジャガーの恋人の歌手マリアンヌ・フェイスフルも出演、ジミー・ペイジが音楽を担当している。ちなみに最初の『ルシファー・ライジング』に協力していた音楽家ボビー・ボーソレイユは、チャールズ・マンソン・ファミリーの一人で、マンソンの影響下で殺人を犯し、終身刑の判決を受け、現在も服役中。

キャメルがクローリーの影響を受けていたことは、その後の作品を見ればまず間違いないようではあるが、筆者はクローリーについても良く知らず、クローリーをキャメルがどのように受容し、変形させているのかについて語る資格はない。作品を一通り見て思ったことではあるが、そもそもキャメルの理解には、クローリーのようなオカルトに限らず、60年代から70年代のポップ、アンダーグラウンド・カルチャーの理解が不可欠かもしれない。その点あるいは本稿は行き届かない所もあろうかと思う。本稿に続く論考が現れることを祈ろう。ちなみに、ドナルド・キャメルは、エリック・ロメールの『コレクションする女』(67)にもカメオ出演している(カフェで、ヒロインのエデをハグする白いジャンパーを着た男)。この頃ロメールは、製作のバルベ・シュレデール(アメリカに渡って、バーベット・シュローダーとして映画監督に)を通じて、フィリップ・ガレルやピエール・クレマンティらの作るアート集団、ザンジバル・グループを知り、その中の彫刻家ダニエル・ポムルールや、美術批評家のアラン・ジュフロワらを『コレクションする女』に出演させている。キャメル自身はザンジバル・グループではないが、当時のフランスの前衛芸術グループとも付き合いがあったのだろう。