海外版DVDを見てみた 第13回『マイケル・パウエルの『スモール・バック・ルーム』を見てみた』 Text by 吉田広明
『スモール・バック・ルーム』クライテリオン版DVD

『スモール・バック・ルーム』の主人公とその恋人
『スモール・バック・ルーム』
マイケル・パウエルは、娯楽もの作家としてはいささか冗長というか、どちらかというと視覚的な装置(孤島というセッティングなども含め)と、人間のドラマのほうにもっぱらの関心があり、物語を効率的に、また面白く語ることそのものは得手ではない、というかあまり関心がなかったのかもしれない。そうした側面はファイトのスパイもの二作にも現れていたのだが、それは唯一のフィルム・ノワール『スモール・バック・ルーム』においても同断である。スリラーとしては物語の紆余曲折の幅が狭く、もっぱら主人公の人間性、人間関係に描写が割かれており、その際に美術等視覚的な要素に頼ることが多い。こうした特徴は、実はマイケル・パウエル(とエメリック・プレスバーガー)の作品全体に言えることのようにも思えるが、どうだろうか。

さて、『スモール・バック・ルーム』は、第二次世界大戦中、軍事科学に従事している科学者(デイヴィッド・ファラー)を主人公としている。彼はどちらかというと閑職に追いやられており、研究所とも言えない裏部屋(これが題名の由来)に押し込められて細々と研究を続けているのだが、自分の待遇にあまり納得がいっていない。加えて彼は、戦争で片足を失っており、その痛みに苦しめられている。痛み止めの薬もさして効果がなく、アルコールで痛みを紛らわすことに慣れ、アルコール中毒すれすれである。彼には唯一彼を理解し、時に粗暴、自虐に陥りがちな彼を励ます職場の同僚でもある女性(キャスリーン・バイロン)がいるのだが、組織の改編をきっかけに荒れ始めた主人公に到頭愛想を尽かす。折からドイツ軍の新型爆弾が海岸に落ちていることが分かり、主人公はその処理に向かう。爆弾との格闘の末、遂に処理に成功し、ロンドンに帰還した主人公を、思いなおした恋人が迎える。

巨大化する時計

壁紙の模様がウィスキー瓶に

巨大化するウィスキー瓶
物語の表の部分を形作る爆弾の設定が薄すぎる不満はどうしてもある。謎の新型爆弾とされているが、その解明に描写が割かれるわけでもなく、主人公がその起爆解除をする描写は確かに密にしてあるものの、その実トラップが二重に仕掛けられている爆弾であった、というのみ。それが謎の主たる部分であるとするならば、この爆弾を「謎の」「新型」爆弾と言うのはどうなのか、と思わざるを得ない。これは原作ものなので、その弱さは原作の弱さかもしれないが。原作者のナイジェル・バルチンは、Mine own executioner(47)の原作者でもあるのだが、これもまたノワール解説本によると戦争後遺症もののフィルム・ノワールに分類されており(戦時中日本軍の陣地に飛行機が墜落、捕虜となって拷問された記憶、また衛兵を殺害して脱走した記憶に苛まれる男が、自分の愛する妻を記憶の中の衛兵と誤認して殺害してしまう)、こういった題材を得意とした作家なのだろう。ともあれ本作の興味の中心は主人公の陰鬱で抑圧された心理の描写にあり、本作がノワールに分類されるのもそれ故である。先述したように、主人公は足の痛みに耐えるためアルコールに頼っているが、恋人との約束でそれを自身に禁じている。しかしその我慢が限度に達する時がやってくる。毎週水曜は一緒に外に出かけることにしているのだが、その水曜に彼女が一向に迎えに来ない。時間が気にかかって仕方がない主人公。すると時計が巨大化し、画面を覆い尽くし、その余白に主人公の顔が押し込められる。さらにウィスキーの瓶が気になりだし、最初はウィスキーの瓶を手前に配し、奥に主人公を配した極端な遠近法の画面、次にはカーテンの細かい模様がすべてウィスキーの瓶に代わり、最後に巨大化したウィスキーの瓶が主人公を押し倒す。

こうしたスペクタキュラーな美術セットよりも、遠近法によるショットの異様さの方が筆者的にはより映画的に(そしてよりノワール的に)感じられる。他にも例えば、今記述した一連の描写の直前、主人公が何気なく窓の外を見るのだが、そのガラス窓にウィスキーの瓶が反射し、少し不自然な程くっきりと映り込んでいて、それが不穏な印象を与える、といったショットがある。反射といえば、恋人が遂に主人公を見限ったことが写真立てで示されるショットもある。そこには恋人の写真が入れてあったのだが、彼女が自分の写真を持って行ってしまう。するとそこに主人公自身の顔が反映されるのだ。こうしたショットは、派手な美術セット以上に、彼女が去ってしまった後の空虚を一層繊細に示してはいないだろうか。

映画は爆弾処理を無事に終えたことで自信を取り戻した主人公が、彼のもとへ帰った恋人と共に再出発を志すという形で終わるが、実は問題は何一つ解決されておらず、行く先は暗いままである。しかし本作の終わりは完全なハッピーエンドとして作られており、ノワール的な曖昧さから程遠い。個人的にはノワールと言うより、戦争を背景とした心理スリラーぐらいに思った方がいいように思う。マイケル・パウエルとエメリック・プレスバーガーの作品としても傑作というわけではなく、しかし物語の中途半端さ、視覚的スペクタクルへの依存、という意味では両者の組んだ作品の特徴を良くあらわしている、とは言えるかもしれない。物語の構成については、しかし脚本家の力量次第という事もあり、とすればプレスバーガーに問題があるのか、ということになりかねないが、その辺の判断はまだつかない。しかしパウエルが単独で製作、監督した作品で、レオ・マークスが脚本を書いている(以前第十一回のボールティング兄弟の稿で触れた『ツイステッド・ナーヴ』も彼の脚本)『血を吸うカメラ』(60)は、物語構成も、視覚的にも正真正銘の傑作であり、そういう疑いもないではない。今後の検討課題というところだ。

Classic British ThrillersはアメリカのMIP Homevideoから出ており、マイケル・パウエルの二作Red EnsignおよびThe Phantom lightのほかに、イギリスのフィルム・ノワールの名作のひとつとされるThe Upturned glassも収められている。リージョンは1で、英語字幕が付いている。Spy in blackは単品ではDVDになっていない。アメリカで出ているボックスValerie Hobson Collectionの中の一枚(筆者はこの版では見ていないので仕様については不明)。ContrabandはアメリカのKinoからDVDが出ている。リージョンは1、字幕はつかない。The Small back roomのDVDはアメリカ版はCriterionから。リージョンは1で、英字幕が付けられる。『英国コメディの黄金時代』の著者チャールズ・バーのコメンタリー、撮影監督クリストファー・チャリスのコメンタリーがつく。