コラム 『日本映画の玉(ギョク)』 Jフィルム・ノワール覚書⑦ 『警視庁物語』の時代 その1   Text by 木全公彦
『終電車の死美人』
『終電車の死美人』(1955年6月21日公開)91分
[監督]小林恒夫 [原作]朝日新聞警視庁担当記者団「警視庁」(東洋経済新報社、1954年) [脚本]白石五郎、森田新 [撮影]藤井静
[事件名]終電車女性殺人事件 [事件発生場所]国鉄三鷹駅終電車 [その他の主要なロケ地]有楽町、池袋、月島

本作は正式なスケジュールに乗っていた作品ではなく、『死の追跡』に続いて鈴木英夫が監督するはずであった作品が、鈴木が東宝と正式に契約して流れたため、急遽代替作品として製作されることになったものである。

原作の「警視庁」という本は小説や実際に起きた事件について書かれたものではなく、記者が取材を通じて経験や知識をもとに、警視庁の歴史、組織解説、犯罪捜査の方法、交通警官について、警官の待遇などの事柄をコラム風につづったもので、直接本作の原作になった事件のネタが書かれているわけではない。脚本を書いた白石五郎は元朝日新聞社の記者(「警視庁」を書いた記者団の一人ではない)で、このあと日活で4本ほど脚本を書いている。もう一人の森田新は本作が初めての新人で、この後も東映東京で健筆を振るう(JMDbでは東宝の森田信との混同が見られる)。監督補佐は村山新治。

『終電車の死美人』

『終電車の死美人』
ある豪雨の夜更け、三鷹駅止まりの終電車内で若い女の他殺死体が発見される。警視庁に第一報が入るところから、電話交換手を経て警視庁に知らせが入り、捜査一課の刑事たちが乗ったパトカーが現場に駆け付けるところまでのプロセスを丹念に描いている。このジャンルに大きな影響を与えた『裸の街』(1948年、ジュールス・ダッシン監督)を習って、画面オフからナレーション(永井智雄?)が入って、現場に入った刑事たちの紹介をしていく。このナレーションは冒頭と結末部にあるだけで、全篇には入っていない。

現場検証、検死、鑑識、聞き込み、事情聴取、面通し、張込みなどの捜査過程がセミドキュ・タッチで細かく描かれていく。聞き込みの場面はワイプを多用してリズムカルにテンポよくつないでいる。その一方で、派手な音楽を抑制して、チンドン屋、街頭ラジオ、商店街の物売りのアナウンスなど、日常の音を使った音響設計をしているのは、このジャンルならでは演出効果だろう。また刑事の一人が乞食の格好をしてマークした人物を張込む場面も効果抜群。

いわゆる客の呼べるスターは出演していない。ヒロイズムに傾くのはなく、刑事というプロフェッショナリズムを集団劇のようにリアルに描いていく。捜査陣の中では、ただひとり三つ揃いのスーツを着ている捜査一課長でチーフの宇佐美諄(その後の『警視庁物語』シリーズには出演していない)、遅刻して現場にやってくるうだつのあがらない花沢徳衛、考えるとき指で耳朶を触る堀雄二(『警視庁物語』シリーズでもこの癖を繰り返す)などのキャラクターの色付けの的確さ、さらに『警視庁物語』シリーズで銃器鑑識係、のちに法医技師を演じることになる片山滉が本作では新聞記者役で顔を出すとか、本作で刑事役だった俳優が次の『警視庁物語 逃亡五分前』(1956年、小沢茂弘監督)では犯人役を、逆に犯人役だった俳優が刑事役を、といったシリーズを通して見たときのマニアックな愉しみ方もできる。

撃ち合いや追っかけといった派手なアクションはなく、リアルさを重視したドキュメンタリズムで物語は展開する。ただし刑事の視点だけで事件を一元的に描くのでなく、犯人側からの描写もあり、そのあたりはまだ徹底されていない。とくに発端から現場検証までの雨上がりの夜の場面がモノクロームで鮮烈に描かれるところ、当時の月島あたりの水をたたえた光景の中で展開する追跡劇の生々しさなど、素晴らしい場面に溢れ、『警視庁物語』シリーズのプロローグとしては申し分ない出来だ。