コラム 『日本映画の玉(ギョク)』 豊島啓が語る三隅研次   Text by 木全公彦
若山富三郎の思いつき
――三隅さんの現場での粘りはどうでしたか。

豊島あれ(『三途の川の乳母車』)は、2月の上旬にクランクインして、2月の下旬にはアップしているんです。撮影実数20日間ぐらいですよ。ただダビングは徹夜しましたけど。撮ったシーンでボツにしたところはないです。ただ公開が4月なんですよ。『兵隊やくざ 火線』と2本立て。なんであんなに急いだのか。

――事前のホン読みはされるんですか。

豊島やっていません。準備期間もほとんどなかった。シリーズ第2作なので、設定も小道具もできあがっていたから、それでもよかったんです。

――ホン通り撮るんですか? 変更とかは?

豊島ほとんどホン通りです。ただ(原作・脚本の)小池(一夫)さんのホンというのは、劇画の脚本みたいなもので映画としてはおもしろくないんですよ。天の橋立でロケした松尾嘉代との場面。脚本では松尾嘉代は斬られるんです。当日、若山さんが「嘉代を斬らない」と言い出して。三隅さんがきょとんとして「ほなら終わりのカットはどうしますねん」と言ったら、「つまりこれは照明で考えてくれ」といって、「俺の刀と嘉代の刀で十字架みたいになるという象徴的な暗示で終わりたい」と。「嘉代を斬りたくない」と。で、三隅さんはちょっと考えさせてくれと10分ぐらいですか、「そうしましょう」となって。あれはちょっとしっくりこなかったと思いますね。

――ほかにそのように三隅さんがアイデアを出されたり、主演の若山さんがアイデアを出したりとかは?

豊島若山さんは立ち回りですね。一応、殺陣師はついているんですよ。でも殺陣師がやるでしょ。そうすると若山さんは「こうやる」と言ってトンボ切ったり。立ち回りでなんでトンボなんか切るんだ、と思いましたけどね。黒鍬組の忍者に襲われる場面はロケーションで撮ったんですが、若山さんが敵側の刀を奪って二刀流みたいになってから急にトンボを切って、スタッフ一同でびっくりしちゃって。三隅さんは「まあええんとちゃいますか」って言うけど、突然だったんで牧浦さんは「ひょっとしたらフレーム切れてるで」と。入っていましたけどね。あの場面はあとからブルーバックで斬り合いの場面を追加した記憶がありますね。