コラム『日本映画の玉(ギョク)』 ついに発見?「黒澤明のエロ映画」   Text by 木全公彦
『エリジア』騒動の概略
さて、そのエロの熱気を象徴する事件のひとつが1952年10月に勃発した『エリジア』騒動だった。ストリップ劇場のチェーンを展開するコニー・グループのメイン劇場、銀座コニー・バーレスクで10月2日からストリップと併映で上映していたヌーディスト・キャンプをスケッチした2巻ものの『裸と太陽(エリジア)』に関税法違反、軽犯罪法違反、さらに窃盗の疑いが浮上したことから騒動は始まる。

疑惑の原因になったのはフィルムの出元で、この35ミリ・フィルムを所有していたのは、静岡県三方ヶ原の結核療養所「聖隷保養園」にあったものが流出し、ストリップ劇場でそのまま上映、あるいは不法コピーされて上映されている疑いがあるのだというから、さあ大変。しかしなにゆえ結核療養所がヌーディスト・キャンプの映画を持っていたのか? それは遠くギリシャ時代に源を発する全裸健康法を結核療養所にも取りいれてもらうため、カリフォルニアに本部のある米エリジア映画製作所という団体が連合国総指令部(GHQ)の下部組織である民間情報教育局(CIE)を通じて、日本全国の結核療養所に寄贈したものの中のひとつが流出したということだった。これが不当に盗み出されたものであれば窃盗だし、無断コピーであれば著作権法違反だし、もとより特例措置としてCIEを通じて輸入されたものなのだから、商業利用であれば関税法違反ではないか、というのがそもそもの発端だった。

ところが騒ぎが大きくなると、それに便乗して同じ『裸と太陽(エリジア)』の別バージョンではないかと思われるヌーディスト映画が都内のあちこちで上映され、エロ映画に殺到する客の激しい奪い合いに発展していく。調査の結果、都内で上映されている該当映画には3バージョンがあって、マスコミの取材に対して、「こっちが本家」「いやいや、うちこそが元祖」「うんにゃ、わしんところがホンマもん」と三者互いに譲らず、水かけ論を展開し、その騒ぎはあっというまに全国の都市部にあるストリップ劇場や映画館に飛び火した。だが常に新しい刺激を求める大衆の欲求は飽きるのも早く、冬が訪れる頃には新手のエロ商売に話題を奪われ、真相がはっきりしないまままたたくまに『エリジア』をめぐる騒ぎは下火になった。

これが『純潔を狙う悪魔』なる改竄映画ポスターの正体を探るために、(自称)映画評論家を名乗る某が国会図書館で調査の過程で見つけた『エリジア』騒動の概略である。もっと詳しく知りたい人は「黒澤明のエロ映画 解決篇」をどうぞ。

だが、結局ヌーディスト・キャンプをスケッチした短篇作品『裸と太陽(エリジア)』そのものについては、それ以上の情報を得ることはできなかった。

ところが、である。燈台もと暗し、とはよく言ったもので、なんとIMDbにちゃんと記載があったのですね。
『Elysia, Valley of the Nude』


『Elysia, Valley of the Nude』は1934年作品。監督はブライアン・フォイ。この人はボードビリアンから出発して、バスター・キートンのギャグマンをやったあと、ワーナー・ブラザーズでB班を担当していたらしい。


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