コラム 『日本映画の玉(ギョク)』 座頭市・その魅力【その2】   Text by 木全公彦
『座頭市』シリーズの展開
同時に「座頭市」はやはり勝新太郎の魅力抜きでは語れない。居合斬りの凄みは、主人公が盲目というハンディキャップがあればこそ際立ったのは確かだが、子母沢の原作では市は腰に帯刀していることになっており、仕込み杖の逆手斬りは勝新太郎のアイデアによるとされている。目を瞠る居合斬りの鮮やかさにしても、勝の運動神経と勘のよさがなければ成立しなかっただろう。映画の企画者としてクレジットされている久保寺生郎は、その殺陣を「仕込杖をす早く斜前方に突き出すようにして迫る敵の出鼻を挫き、その反動で逆手抜きした刀を、突きと、小手返しと、逆手斬りを総合したもので、一瞬にして、前後左右四人を斃(たお)す」(久保寺生郎「あとがき」、「座頭市物語/あばれ花火」収録、実業之日本社)と分析する。

腰を中心にひねりを加えながら相手を斬る座頭市剣法は、リアルであると同時にまるで華麗な舞いを見ているようでもある。相手を斬る瞬間、斬ったあとの抜群の間。勝新太郎の芝居の真骨頂である。そしてやくざという裏街道を生きる者の哀しみと巧まざるユーモアのコントラスト。それらは勝新太郎でなければ出せないものであった。そして勝は、脚本家や監督以上に座頭市を知悉し、座頭市と一体となりきり、座頭市の造形や殺陣に積極的にアイデアを出し、のちには監督や製作まで手がけるようになる。

『座頭市物語』の思いがけないヒット(といっても大ヒットではなく、配収5000万円だからまずまずのヒット)でシリーズ化された「座頭市」は、シリーズ第4作『座頭市兇状旅』(63年、田中徳三監督)が配収1億5000万円をあげる爆発的ヒットをし、人気シリーズへと成長する。東京オリンピックの開催された1964年秋には、第8作『座頭市血笑旅』(三隅研次監督)と雷蔵の『眠狂四郎女妖剣』(池広一夫監督)の2本立てが封切られ、オリンピックの余波でどこの映画館でも閑古鳥が鳴く中、大映の“勝・雷’s”だけが大入りだったと言われるほどぶっちぎりの強さを見せた(註:現在は興収で表記するが、当時は配収で表示したので、単純比較は容易ではないが、当時の物価や入場料などを勘案しても配収1億円の大台が凄い数字であることは確かである)。

人気が定着した「座頭市」は、シリーズが進むと、市のユーモラスな部分が強調され、ふてぶてしさにおかしみが加わる。アクションも次第にエスカレートし、殺陣には奇抜なアイデアや趣向が一作ごとに盛り込まれ、市が斬る人数も増加し、超人めいてくる。それにつれ、ストーリーは、市が流れついた土地の親分と対決し、クライマックスには敵方の用心棒である凄腕の剣客との勝負がある、という大枠に、市とヒロインの女性や子供との交流が挟み込まれるという、シリーズならではのパターンが定着する。イカサマ賭博、闇夜に提灯、曲芸めいた居合抜きなどもシリーズ定番の見せ場となっていく。

こうして勝新版「座頭市」は、大映だけでも18作品、それに勝プロ製作7作品、三倶&勝プロ製作(松竹配給)1作品を加えて、全26作品を数える屈指の人気シリーズになった。さらに1974年からはテレビシリーズも始まり、「座頭市物語」全26話(74~75年)、「新・座頭市」第1シリーズ全29話(76~77年)、「新・座頭市」第2シリーズ全19話(78年)、「新・座頭市」第3シリーズ全26話(79年)の計100本が製作された。当初は、これほどの長寿シリーズになるとは、誰も想像しなかっただろう。

物語や設定はシリーズのルーティンを守りながら、そのときどきの流行――たとえば斬殺音を加えたり、残酷描写を入れたり、ヌーヴェル・ヴァーグやアメリカン・ニューシネマの影響を反映したり、と貪欲に時流を取り込みながら、「座頭市」はさらに次の作品へと再生産されていく。中には勝新太郎が監督した、ちゃんとした脚本がなく、役者とスタッフが即興で作りあげたフォトジェニックな「新・座頭市」第2シリーズ第10話「冬の海」(78年)もあれば、勅使河原宏が監督した「新・座頭市」第25話「虹の旅」(79年)、第26話「夢の旅」(79年)のようなアヴァンギャルド映画まがいのシュールな傑作もある。どれをとっても「座頭市」を作りあげるために集まった、磨きぬかれた職人技と個性豊かな才能が結集した凝縮度の高いものばかりである。

原作者である子母沢寛は、映画シリーズが人気を博しているのを見て、「飯岡に出かけ貯金帳を拾ったようなものだ」と周囲に語ったが、「いつまでも座頭市ではありますまい。座頭八ということにしたら」と冗談めかし、本心は座頭市人気に困惑ぎみであることも語ったこともあったという。しかし周囲の人に薦められて、映画の人気に呼応する形で「座頭市物語」を改稿した「真説・“座頭市”物語」を「文藝春秋」1966年9月~10月号に掲載する(「ふところ遊侠奇談」所収)。やがて正式に子母沢寛から許可を得た作家の童門冬二が全5話からなる連作小説集「新篇座頭市」(東都書房)を発表し、映画のノベラリゼーションも刊行された。