映画の中のジャズ、ジャズの中の映画 Text by 上島春彦
第60回 宿題やり残しだらけの年頭コラムです…本年もよろしく
三保敬太郎の初期「映画音楽」キャリア
三保敬太郎の映画音楽歴について本コラム第57回に少し記述した。日本版IMDbには抜けも結構あるから確定は出来ないものの、最初にあげられているのは『拳銃0号』(59)で『事件記者』(59)は第二作である。前項コラムでは、間違って、前者を監督山崎徳次郎最初の長編映画と書いたがこれも『事件記者』同様SPだった。また『事件記者』のスタッフ編成自体『拳銃0号』をある程度踏襲していると考えられる。この路線が日活アクションの「セミ・ドキュメンタリー」の系譜上に位置するのは見やすい点だ。

大まかに日活映画史をたどると『麻薬3号』(監督:古川卓巳、58)に代表されるこの路線は『密航0ライン』(監督:鈴木清順、60)で終わるとされているものの、細かく見ていくと、このシリーズのようにテレビ起源による「真面目な」犯罪ドラマの映画版として継承されていく場合も幾つかあるようだ。暴力団関与による麻薬やピストルの闇流通問題、売血、売春、少年非行など世相をダイレクトに反映したシリアスなテーマを映画にするには、こうした白黒の低予算作品がやはり似合う。そしてそうした傾向につける音楽もジャズが最適だということになる。これは洋の東西問わず、というよりはやはりアメリカ映画『黄金の腕』(監督:オットー・プレミンジャー、56)とかフランス映画『彼奴を殺せ』(監督:エドゥアール・モリナロ、59)とかの影響がこの時期の日本映画に現れたと解釈するべきなのだろう。
このシリーズはNHK版に並行して映画版が製作されたもので、59年7月から60年2月までの八本毎月リリース、さらっと書いてしまったがとんでもない集中力であり大人気企画だったことがうかがえる。SPだからこその超ハイペース、スタジオシステムの勝利という感じか。ただしこの後は二年間隔をおいて62年2月と4月に公開され、全十本で終了となった。音楽はすべて三保が担当したが、彼は『事件記者』シリーズが中断する間に日活以外にも東宝、東映、松竹、新東宝で少なくとも十五本を手掛け、またシリーズ初期の合間にも『アイ・ラブ・ユウ』(監督:古澤憲吾、59)、『危険な女』(監督:若杉光夫、59)を担当、とまさしくフル稼働の感がある。 この原稿を執筆している現段階では初期四本『事件記者』『事件記者 真昼の恐怖』『事件記者 仮面の脅迫』『事件記者 姿なき狙撃者』(全て59)しか私は見ていないものの、とてもレベルが高い映画音楽。以前、さすがにテーマ曲とかは使いまわしだろう、と憶測で記してしまったが実際に見てみると作品ごとに新曲をどしどし投入するばかりでなく丹念にスコアの書き直し、書き足しをやっている模様。頭が下がる。ただ何故か三本目『仮面の脅迫』だけは低調で音楽の数も少ないし雰囲気と合ってなかったりする。フィルモグラフィを見てみればその前に東宝の『アイ・ラブ・ユウ』が入っており「さすがにかけもちはキツかった」とちゃんと分かってしまうのも生々しい。映画自体は、病院の事務長垂水悟郎が愛人楠侑子と組み、邪魔になった薬剤師を自殺に見せかけ殺してしまう倒叙ミステリーでかなり面白い。

三保の履歴をアルバム「ソウルを求めて モダン・ジャズ三人の会/原信夫とシャープス・アンド・フラッツ」“Soul”(日本コロムビア)のCD版から抜粋して紹介する。
「日本コロムビアの元社長幹太郎を父に持つ彼は、姉がピアノを習っていたことに刺激され7歳の頃からクラシック・ピアノのレッスンを開始。(略)16歳で早くも慶応のジャズ・オーケストラ、クール・ノーツのピアニストに抜擢されています。やがて慶応大学に進学し、21歳でプロに転向、(略)1950年代のジャズ・ブーム後期を代表する西海岸スタイルのピアニスト/作・編曲家として華々しく登場しています。1957年にはラジオ東京演出部に入社し、作・編曲家として精力的な活動をスタート。1960年以降のスイング・ジャーナル誌の人気投票では、それまでの中村八大に代わって、人気作曲家、ピアニストの分野で1位の座に輝き、以来10年近く君臨し続けました。(略)映画音楽の分野では1959年から1978年の間に約40本もの劇音楽を手掛けており、なかには俳優として出演した青島幸男の監督作品『鐘』(66)や監督作『マッハ‘78』(78)といった作品も。TV界ではNTV『11PM』(65)やNET『ザ・ゴリラ7』(75)のメイン・テーマ曲などが印象的でした。(略)晩年はポプコンや世界歌謡祭など音楽祭の審査員の任に就き後進の指導にあたっていましたが、1986年5月16日、若くしてこの世を去っています(享年52)。」

三保の音楽で最も知られるのは間違いなく『「11PM」のテーマ』(バップ)である。ちゃんとオリジナル版が単独でCDリリースされている。オリコンでチャートインしたのも当時話題を呼んだ。あまりに収録時間が短いので苦情も多少あることがネットを読むと分かるが、一種のシャレでもあるから目くじら立てないでほしい。「ザ・ゴリラ7」の音源(「ザ・ゴリラ7ミュージック・ファイル」SOLID RECORDS)も近年いわゆる「クラブ世代」からの注目が高い。これは1970年代の「ポリス・アクション」ドラマ。この時代このタイプのドラマの多くにレベルの高いフュージョン系の音楽がつけられていたことからここ二十年ほどで音源自体が再注目され、様々なコンピレーション・アルバムや単独アルバムがリリースされている、そうした中での一本だ。それで三保というとそうしたジャンルの印象が強いかもしれない。これら比較的新しい音源も次回取り上げる機会があろう。だがその一方で映画音楽家としての仕事のCD音源化は少ない。貴重な例外が上記『鐘』サントラ盤(SUPER FUJI DISCS)と『すべてが狂ってる』(監督:鈴木清順、60)サントラ盤(ディスクユニオン)だ(後者は前田憲男と共同)。
残念ながら『事件記者』シリーズの音源はCD化されていないので、それについて何かを語ろうとすると映画を見るしかない。で、今回ついにラピュタ阿佐ヶ谷で願いがかなったが、その結果、NHK版の音源は全く使われず完全な映画オリジナルの音楽であることが確認できた。また、既に『危険な女』や『女獣』を見ていたので、これらでもハードバップ系のジャズが巧みに用いられているであろうことは予想できたが、ビッグバンドやストリングス入りのオーケストラル・ジャズもふんだんに聴くことが出来たのもうれしい驚きだ。音楽的実験、と書くと堅苦しくなってしまうけれども、こういう場を借りて様々なタイプのジャズを作編曲する喜びが三保にはあったに違いない。一本一本に施された仕掛けの多彩さがそれを証明する。
テーマ音楽だけを取っても最初の『事件記者』ではビッグバンド、四本目の『姿なき目撃者』ではトランペットとテナーサックス入りのコンボ、と律儀に変えているし、朝の情景に流す雰囲気醸成のための音楽も作品によってジョン・ルイス風だったりジャズテット風だったりと芸が細かい。厳密にそれらを聴き比べる能力は私にはないのでどれくらい同じ曲の使いまわしをやっているかは不明だが、この時代の三保には多分作品ごとに映画音楽のコンセプトを変える意思があったのだと思う。(続く)