映画の中のジャズ、ジャズの中の映画 Text by 上島春彦
第56回 リスニング・イヴェント「アラウンド・コメダ」に参加して
アルバム「アスティグマティック」人脈
続いてコメダのジャズマンとしての代表アルバム「アスティグマティック」“Astigmatic”(MUZA)に参加している二人、サクソフォニストのズビグニエフ・ナミスウォフスキとトランペッターのトマシュ・スタンコのナンバーを三曲。八曲目は前者のアルバム「ヴィノブラニエ」“Winobranie”からのもので“Nie Mniej Niz 5%”。九曲目はアルバム「ダンセズ」“Dances”から「バップ・ブレク」“Bop-Berek”を。これもナミスウォフスキで。
今回は「アスティグマティック」自体からのナンバーはかからなかったわけだが、やはりここで時代を代表するアルバムとコメダ自身にも一言触れておくべきだろう。引用はまたしても「ヨーロッパ・ジャズ黄金時代」から。

東欧ジャズの革新に最大の貢献をしたイノベーターであると共に、統率力に優れたリーダーであり、斬新なセンスに満ちたピアニスト、優れた作曲家でもあるコメダは、東欧一のスケールを持った偉大なミュージシャンだ。(略)モードやフリーの手法をいち早く採り入れて自己のスタイルの革新を図ると共に、有望な若手を起用して新しいムーブメントを強く先導していったコメダの努力の成果が見事に結実したのが、一九六五年のクインテットによる「アスティグマティック」だ。ここには明るさよりも暗い陰影感、リラクゼイションよりも緊迫を持ちながら、常に革新を目指すという六〇年代東欧ジャズの特徴がハッキリと表れている。フリーとモードの成果が見事に消化されており、マイルスの黄金の三部作と言われる『マイルス・スマイルズ』“Miles Smiles”、『ソーサラー』“Sorcerer”、『ネフェルティティ』“Nefertiti”(全てSONY)あたりのサウンドにやや近いが、コメダのほうが先だから断じてコピーではない。

ナミスウォフスキに関しても、星野は「切れ味鋭いトマシュ・スタンコのソロと並んで」「若さと覇気に溢れる力強いアルト・ソロ」により「アスティグマティック」を彼の「ベスト・プレイ」として真っ先に挙げている。
生前コメダはコンセプチュアルなジャズ・アルバムとしては「アスティグマティック」しか発表していない。演劇用伴奏音楽「バレー・エチュード」“Ballet-Etude”という希少盤と合わせたこの二枚をきちんと聴きこむことがコメダを論ずるには不可欠だが、前者はともかく後者はオラシオさんも持っていないとのこと。

ナミスウォフスキのジャズの特徴として「ポーランドの民族音楽」からのインスピレーションが指摘されると氏は言う。いわく「ポーランドのエルメート・パスコアル」。影響力という意味では、この民族音楽的ジャズという側面もまた広く採れば「アスティグマティック」からのものである。つまり「フリー」の件はとりあえず置くとして「モード」という方法論は本来民族音楽的なルーツを持っているわけだから。バップの方法論がコード進行に基づくインプロヴィゼーションであるならば、五十年代半ば頃から起こったモード・ジャズは音階を使ったインプロヴィゼーションで、モードとはこの色々な音階のことである。ジョージ・ラッセル、ギル・エヴァンス、ビル・エヴァンス等との直接間接の共同作業を経てマイルス・デイヴィスが放った一つの成果が「カインド・オブ・ブルー」“Kind Of Blue”(SONY)であった。
ラッセルの場合ギリシャ旋法(狭い意味ではこれをモードと呼ぶ)が手法の出発点なのだが、ギル・エヴァンスはこれをスペイン音楽に応用したことでよりジャズ的な響きを獲得する。「カインド・オブ・ブルー」に続く「スケッチ・オブ・スペイン」“Sketches Of Spain”(SONY)がそれで、これらの諸作によってモード・ジャズの方法論がジャズメンに浸透していった。しかも五十年代以降のジャズはジャズ・クラブでのセッションを通じてのジャズマン同士の研鑚よりも、繰り返し聴いて採譜することが可能なレコードを媒体として世界中に伝播していったから、そうした能力に長けた人材が必然的に革新的なジャズのリーダーになった。ポーランドとアメリカという絶対的な空間的隔たりはもちろん様々なハンディキャップを持っていたには違いないが、逆にその分「アメリカ的じゃない、オリジナルな」ジャズの温床となる条件をこの地は備えていたのである。
その新しい方法論のジャズはアメリカ的というよりはむしろヨーロッパ的な音楽的伝統を咀嚼したものだったのだから、スイングやバップといったちょっと昔のアメリカのジャズに飽き足らなくなっていたコメダ達のような音楽家にモード・ジャズはまさに降ってわいたような僥倖であった。
十曲目はトマシュ・スタンコで「チョントヴニク」“Czatownik”。アルバム「ミュージック・フォー・K」“Music For K”(MUZA)から。Kとはコメダのことだが追悼アルバムではなく、師の存命中にリリースされている。「トランペッター。世界規模で活躍するアーティストとしては、ポーランド人として最も評価されている一人」とオラシオさんの言うスタンコはECMレーベルを拠点に現在も活動中。ポーランドのジャズマガジン「ジャズ・フォーラム」誌はポーランド・ジャズのオールタイム・ベスト(アンケート投票)として第二位にスタンコの「リタニア」“Litania”(ECM)を選出している。ちなみに一位「アスティグマティック」、三位に前出「ヴィノブラニエ」が選ばれている。