映画の中のジャズ、ジャズの中の映画 Text by 上島春彦
第47回 60年代日本映画からジャズを聴く   その8 追悼若松孝二、そして八木のCM音楽の現代性
ブルースの誕生、浸透、継承と八木正生のピアノ・スタイル
八木と武満の最初の接点が軽井沢現代音楽祭で披露された八木のジャズ・ピアノであったことは既に第45回に記した。これは五十年代の終り頃だと思う。これに刺激を受けた武満が八木らと語らい、「モダン・ジャズの研究発表会」として発足させたのが「エトセトラとジャズの会」である。正式の発足は59年12月20日。世話人には武満、八木、草月アートセンターの他に三保敬太郎、谷川俊太郎、植草甚一等がいた。発表会は毎月行われていたようだが、これは比較的内輪な会合だったのかも知れない。あまり内容は伝えられていない。むしろ、これと並行して進められていたもう一つのイベント「草月ミュージック・イン」の方がよく知られている。
武満が改めて八木に自作演奏を依頼したのが「草月ミュージック・イン第2回ブルースの継承」で、イベント後の二人の対談(の一部)も第45回に引用した。プログラムは「フォーク・ブルース」「小編成によるアド・リブ演奏」「ブルースの継承」の三部構成。出演者は八木の他、サイラス・モズレー、水島早苗、永田清嗣ピアノ・トリオ、コンテンポラリー・ジャズ・アソシエーションとなっている。ポスターにわざわざ「作曲」として「三保敬太郎、八木正生、山屋清、武満徹」の四名が連名で特記されているのも興味深い。草月アートセンターでの開催は2月25日だが、同じ「ブルースの継承」の通しタイトルで同年8月と9月に大阪労音PM8月例会でも行われたことが分かっている。伊集加代子が八木と出会ったのはこちらの方だった。細かく見ると労音版のプログラムは「ブルースの誕生」「ブルースの浸透」「ブルースの継承」の三部で後藤芳子の名前も加わっているから、いくらかは手直しがされている可能性もあるが、基本的には同じだろう。

演奏された曲目は八木のソロ・ピアノ「愛して」、滝本達郎のベースが加わった「あわれみたまえ」、さらに渡辺貞夫(フルート)、渡辺達朗(アルト・サックス)、原田寛治(ドラムス)が加わったクインテット演奏「お休み!」。これら三曲は「全集⑤」に収録されている。八木の出番がこれだけだったのかどうかも不明だし、プログラムを読んだだけでは内容全体も把握できない。ただこれらの楽曲は全て、全集に採られるまではほとんど誰にも知られることが無かったもので、そういう意味で大変に貴重だと言える。
そして本連載上の価値基準で述べるならば、この八木と武満の協働作業が62年の『熱海ブルース』(監督ドナルド・リチー)に影響を与えたとされている点に注目したい。この短編映画の音楽担当は武満のみで八木の存在はクレジット上確認出来ないのだが、ここでのジャズ・ピアノは八木に違いない、と間接的に確定出来るのだ。武満を驚かせ大いに喜ばせ、彼に「エトセトラとジャズの会」発足を促したのが、八木のセロニアス・モンク的なスタイルのソロ・ピアノであった。(続く)