映画の中のジャズ、ジャズの中の映画 Text by 上島春彦
第40回 60年代日本映画からジャズを聴く   その2 井上梅次のジャズ映画時代
DVD『青春ジャズ娘』

CD「青春ジャズ娘」

DVD『娘十六ジャズ祭』
井上梅次と松林宗恵のジャズ映画
この項を「井上の」と始めたものの、日本の50年代ジャズ映画は別に井上梅次だけの専売特許だったのではない。例えば近年突然DVDがリリース(発売ケー・アイ・コーポレーション「日本名画遺産・歌謡映画傑作選」の一本)されて映画ファンを喜ばせた『青春ジャズ娘』(53)は何と松林宗恵の監督。後の東宝戦記映画の大御所がどういうわけか新東宝で撮っている。主演は片山明彦だが、彼は名子役時代から多くの出演作を持ち、神保町シアターで上映されるような映画ではほとんど常連に近い。だから珍しい「顔」ではない。この映画DVDのセールス・ポイントは「幻の美人ジャズ歌手」新倉美子(しんくらよしこ)に尽きる。彼女の歌声と存在は近年CD「青春ジャズ娘」(P-JAZZ)で評判を呼んだのが記憶に新しい。タイトルは映画に同じではあるがサントラ盤とかではなくて、かつてレコード発売された音源を中心に編集されたもの。映画の方は彼女の他にも凄い顔ぶれで書くことは色々あるのだが、あまりにも今回のテーマから離れてしまうので、この件はいずれということにして、こういう路線から出てきたのが井上梅次ジャズ映画ということになる。一部は以前記してあるが叙述の流れ上、もう一度きちんと彼のジャズ映画の位置づけをタイトルから押さえておきたい。

まず『娘十六ジャズ祭』(54、新東宝、音楽大森盛太郎)、これには「多忠修とビクター・オールスターズ」それに新倉美子も出演している。注目されたい。
以下『ジャズ・オンパレード1954年東京シンデレラ娘』(54、新東宝)、『ジャズ娘乾杯』(55、東宝)、『裏町のお転婆娘』(56、日活)、『お転婆三人姉妹 踊る太陽』(57、日活)、そして『嵐を呼ぶ男』、さらに『素晴らしき男性』(58、日活、主演は裕次郎)、60年に『嵐を呼ぶ楽団』と中編映画らしいが『太陽を抱け』(60、東宝)と続く。この後は東宝を離れ『踊りたい夜』(63、松竹)を撮るがもはやこれはジャズ映画ではない。以上の内六本の音楽を多忠修が担当していた。また数本で「ショー構成」として和田肇がクレジットされているのにも注目。「数本」と書き、正確な本数を示せないのはこちらの調査が不十分なのに加えて、映画会社によりクレジットの基準があいまいなために和田が関与しているかいないかがわからなくなってしまった作品もあるからだ。日活作品には名前が出る場合が多い。日活のダイヤモンドラインの一翼を担った俳優和田浩治のお父さんではないかと思うが、確信はない。そして『嵐を呼ぶ楽団』のショー構成も和田によるものだったような気がする。こうして見れば一目瞭然、映画製作会社はバラけているが、井上梅次のジャズ感覚は基本的には『青春ジャズ娘』の姉妹編的な『娘十六ジャズ祭』から持続して流れているものがあり、むしろ裕次郎映画二本がそこからちょっとだけ逸脱しているのだ。
以上、煩雑になるので原則的に出演俳優は示さなかったが『楽団』で雪村いづみが主演しているのも井上ジャズ映画の流れとしては正統的である。この作品の雪村は三人娘(江利チエミ、美空ひばりと合わせてこう呼ばれる)の中で一人だけ黒っぽい存在感があり素晴らしい。何かコミック歌謡「ショジョジ」で有名なアーサ・キットとかを思わせる。ちなみに62年の『黒蜥蜴』はやはり井上ならではのジャズ感覚に彩られているものの生粋のジャズ映画ではない。音楽は黛敏郎だから文句なし。原作は「江戸川乱歩の小説を三島由紀夫が舞台用に脚色した戯曲」で後に深作欣二も映画化している。そっちの方が有名だが井上版の方が私の好み(というかジャズ映画ファンの好み)には合っている。京マチ子が男装で踊りながら犯行現場から姿をくらます場面などシビれまくり。DVDは発売されていないがビデオは出たことがある。なお上記作品は井上フィルモグラフィのこの時期のほんの一部であり、この他にも多くの作品を各社に残している。あくまでジャズ映画史的観点からの注目作のみを挙げてある。
冒頭にちらっと書いたが『楽団』の面白いのは要するにそれが製作された1960年の気分と54年の気分とがごちゃまぜになっているところで、この場合「気分」とは要するに「ジャズっぽさ」、とほぼ等しい。ジャズそのものではなく「ジャズっぽさ」。つまり『青春ジャズ娘』DVDのキャッチコピーにいわく「サンバ、マンボ、コンガ、熱狂するリズムの中に咲いた恋と友情」とあるように「ジャズ」と言いながら全然ジャズじゃないのだが、このへんをひっくるめて53年、54年あたりでは「ジャズ」と呼んでいた、その気分が60年の時点でも残留していて、それが今見るとかえって面白い、ということなのだ。
また同時に、これはやはり『嵐を呼ぶ楽団』の音楽的な基盤がビッグバンドだったせいもあろうかと思う。『世紀の楽団』にインスパイアされた企画と既に記してあるように、ビッグバンドを素材にしたことで音楽的にゆうずうが利く感じになっている。映画に見られるショーにおいて「スイング・ジャズ(アレキサンダーズ・ラグタイム・バンド)からモダン・プログレッシヴ・ジャズ(スタン・ケントン楽団)まで」を一気に駆け抜けることが出来ると言うことだ。で、その広いレンジの中に「サンバ、マンボ、コンガ」も「ルンバもチャッチャッチャ」(「裏町のお転婆娘」主題歌の一節)も入れてしまえるのがジャズっぽい気分の強みなのである。監督(井上)と音楽(多忠修、川辺公一)とショー構成(和田肇)が知恵を絞っていわば戦後ジャズの大衆的な部分をみっちり総括した映画、それが『嵐を呼ぶ楽団』だったのだ。

このような井上の、日本映画とアメリカ映画をダイレクトに結びつける大衆性は、皮肉なことに日本本国以上に香港映画界で注目されることになる。60年代井上は香港のショー・ブラザーズ映画から招かれると、『嵐を呼ぶ男』を67年『青春鼓王』“King Drummer”としてリメイクしたのを始めとして幾つかの「ミュージカル映画」を、香港を舞台に再映画化して好評を博すことになるのだ。残念ながら私はどちらも見ていないが『東京シンデレラ娘』は68年『花月良宵』“Hong Kong Rhapsody”になっているとのこと。近年DVD化されて私でも見られるようになったのは『踊りたい夜』の香港版『香江花月夜』“Hong Kong Nocturne”(67)で、主演がチェン・ペイペイ、音楽が服部良一というのも実にうれしい。