海外版DVDを見てみた 第12回『ジョージ・キング『スライ・コーナーの店』、『禁断の恋』を見てみた』 Text by 吉田広明
『禁断の恋』DVDジャケット

『禁断の恋』タイトル

『禁断の恋』左ヘイゼル・コート、右ケネス・グリフィス
『禁断の恋』
さて、キングの遺作となる『禁断の恋』(別題Scarlet heaven『緋色の天国』)は、イギリス南東部、英仏海峡に面する地方サセックスのブラックプールが舞台。才能があり、将来を嘱望された化学者の主人公ジム(ダグラス・モンゴメリー)は、今は香具師と共同経営で、遊園地の屋台でハゲ薬や胃薬を作って売るのを生業にしている。それも贅沢好きな妻のためだったが、妻(パトリシア・バーク)は歌手志望で、自分を出演させてくれるという手配師に身も心もささげている。彼女は、クラブに出演する支度金としてかなりの額の金を手配師に要求され、夫にその金を都合するよう命じる。妻に愛想が尽きかけてきた主人公は、遊園地のショバを巡ってチンピラとけんかになった際、一緒になって蹴散らしてくれた向かいのパーラーの店員ジーニー(ヘイゼル・コート)に恋をする。しかし彼女に横恋慕するチンピラ(またしてもケネス・グリフィス)が妻に告げ口、妻はジーニーを訪ね、自分がジムの妻であることを明かし、下層階級の彼女をあからさまに軽蔑する。ジムは妻に離婚を申し出るが相手にされず、次第に彼女を殺すことを考え始める。

それにしても、では何故そもそもこんな女と結婚しているのか、という疑問がどうしても浮かんでしまい、確かに脚本としては弱いところだ。『スライ・コーナーの店』にしても、これだけの店があるのに何故盗品の故買などしているのか、という前提部分が弱い(そっちの商売のせいで古美術商も大きくなれたのかもしれないが)。にしても、そうした前提で動き出した物語の展開が説得的に演出されているので、あまり気にはならない。例えば、主人公が妻の死を望み始めるという場面。離婚を切り出し、にべもなく断られ、僕を愛してもいないのに何故結婚していなければならない?と聞くジムに妻は、結婚している女の方がかえって遊び目的の男は近づきやすい、と返すのだ。手配師に会いに行くためアパートの戸口を出て、口論を続けたまま階段に差し掛かると、妻が急にうずくまる。するとカットが替わり、俯瞰気味で降り口にうずくまる妻、それを見下ろすジム、そして下方へと下る階段が遠近を強調された形で映り、何とも危うい印象を作り出している。そこにジムの「このまま発作で倒れて落ちたら…」という心内語が重なるのだ。ジムはこの出来事から、妻の心臓発作の薬を使って彼女を殺すことを思いつく。手配師と共にロンドンに行く、という妻の手荷物の中の薬をジムは入れ替える。その後良心が目覚め、薬を回収しようとするジムだが失敗、しかしロンドンに行っているはずの妻が自宅のアパートで死んでいるのを発見したジムは、自分が殺したものと思いこみ、死体を仕事の作業所床に埋める。

警察が妻の行方不明を嗅ぎつけ、作業所を捜索し、死体を発見。ジムは追われることになるのだが、遊園地の人ごみの中にジムを発見したグリフィスは、またしても警察に密告、タワー(ブラックプールの名所)に逃げ込むジムを追う。タワーの上方へ逃げるジムを追うグリフィス。実際にある名所での追跡劇という点でヒッチコックを思わせる(『逃走迷路』、『北北西に進路を取れ』など)、高所での攻防がこの映画の見どころであることは間違いない。落ちそうになったグリフィスを助けたジムは、今度は自分が落ちそうになり、グリフィスは彼を見下ろしながら、手を踏もうとする。しかし思い返し、彼を助けるのだが、それも、どうせ死刑になるんだから、それまで苦しませるために今は助けてやる、というのだった。しかし警察は妻の意外な死因を既に知っており、彼は死体を遺棄した罪に問われるのみ、ジーニーは彼を待っていると誓う、というハッピーエンドを迎える。

IMDbによると生涯の監督本数54本、そのうち33本は自身で製作、大概は低予算映画であったろうジョージ・キングのフィルモグラフィについては、筆者自身ほとんど何も知らないし、ましてイギリスのB級映画の世界について、その全体像は想像の他であって、せいぜいこういう形でイギリスで出してくれているDVDによって垣間見ることしかできないのだが、低予算映画に特化しきた映画監督でも、キャリアを積み重ねているうちにこの水準の映画が撮れるのだ、ということを見ると、産業として大量生産される映画は、数がいつか質の変化を生むのだと改めて知らされる。それを思うと、今現在、産業としての映画の廃墟の中で映画を作っている人々は大変だな、という思いはまた強まるのではあるが、それはまた別の話だ。

『スライ・コーナーの店』The shop at Sly Corner、『禁断の恋』Forbidden共に、イギリスのOdeon Entertainmentから DVDが出ている。リージョン・フリーだがPAL版。おまけは予告編のみ。