映画の中のジャズ、ジャズの中の映画 Text by 上島春彦
第32回 アンドレ・プレヴィンのジャズ体験   その7 幻の映画音楽『ポーギーとベス』
大御所エラ&ルイ、本家トーメ&フェイ
こうした特異な構成のアルバムを先に紹介してしまった以上、やはり正統派というか男女ジャズ・ヴォーカルのデュエット版も一枚取り上げないわけにはいかない。
何と言っても決定版はエラ・フィッツジェラルド&ルイ・アームストロングによる「ポーギーとベス」“Porgy and Bess”(Verve)である。録音は1957年8月、9月。プレヴィン版は59年だし、映画も59年だからそれよりもずい分早い。ラッセル・ガルシア指揮オーケストラの伴奏で全十五曲を披露する。プレヴィン版の倍以上の収録時間でLP時代には二枚物だった。二人のヴォーカル・デュエットはもちろんだが十分にも及ぶ序曲も聴きものだ。本来ならばここで“メイキング・オブ・ポーギー・アンド・ベス”というか“ポーギーとベス物語”が綴られるべきなのだろうが、それをやるのは本稿のコンセプトからは逸脱するので今回はやらない。いずれ『ポーギーとベス』聴き比べみたいな形式でちゃんと取り上げるつもりである。ただとりあえずここでは、この時代に舞台「ポーギーとベス」がほとんど初めて大絶賛で迎えられるようになっていたことだけを記しておきたい。
オペラの初演は35年だったものの、批評的興行的な成功を遂げることはなかった。舞台というのはオペラであれミュージカルであれ映画と違って「生もの」だから、リヴァイヴァル自体がそれなりに注目を集めることになる。古い出し物が注目を浴びるというのは要するにリヴァイヴァルが初演よりも評価されるということだ。「ポーギーとベス」はこのパターンで、面白いことにリヴァイヴァルされる度に評価を高めていった。38年、41年、そして52年、この最後(プレヴィン版リリース時点で)のリヴァイヴァルが遂に世界的な評判を勝ち取ってやがてゴールドウィンによる映画化へとつながるのである。
エラとルイの盤をじっくり聴くのもそういうわけで今回はなし。次に行く。この版をオーケストラで盛り上げたラッセル・ガルシアは、それに先立つアルバムにも全面的に協力しているので、こちらも紹介しておこう。単純に「ポーギーとベス」のタイトルで発売されたこともあるようだが正式タイトルは「歌劇『ポーギーとベス』全曲」“The Complete George Gershwin Porgy and Bess”(日本コロムビア。原盤Bethlehem)である。で、演奏者名義だが前者の場合は簡略化して「メル・トーメとフランシス・フェイ」にしてあるようだ(未確認です)。言うまでもなく「ポーギー」がトーメで「ベス」がフェイだから、これで間違いはないのだが、ジャズファンのためにじっくりクレジットを見ておきたい。
するとラス(ラッセル)・ガルシア指揮ベツレヘム・オーケストラに加えてデューク・エリントン楽団、スタン・レヴィ・グループ、オーストラリアン・ジャズ・クインテット、パット・モラン・カルテットが演奏グループ。歌手としてはトーメとフェイに加えて「クララ」にベティ・ローシェ、他にジョージ・カービー、ジョニー・ハートマン、ルーリー・ジーン・ノーマン、フランク・ロソリーノ(有名なトロンボーン奏者だが歌で参加)、ボブ・ドロー等の名前が見える。この長尺アルバム(LPだと三枚組)のリリースは56年のことである。残念ながら今回原稿執筆時までにアルバム(CDでかつて出たこともある)を聴くことが出来なかったのでこれ以上は述べられないが、最初期のジャズ版「ポーギーとベス」として価値は高い。

ギル・エヴァンス&マイルス・デイヴィス「ポーギーとベス」
「ジャズ版って当たり前でしょ」、と思っている方も多いのではないかと類推するが、本来の「ポーギーとベス」はかなり普通のオペラであり、要するに全くジャズではない。非常に多くのジャズファンがレコードでオペラ版「ポーギーとベス」を初めて聴いて、最初の「サマータイム」でズッこけるのを私は知っている。だから逆に「あれをあのように」したギル・エヴァンスとマイルス・デイヴィスの「ポーギーとベス」“Porgy and Bess”(Sony)が偉いと思うのであった。