アンソニー・マン その初期作品紹介 第3回
45年、マンは三本の作品を撮る。『たそがれの恋The great Flammarion』(TV放映のみ)はウィリアム・ワイルダー(ビリーの兄)製作、リパブリック配給の犯罪メロドラマ(ノワール)。名優にして名監督エリッヒ・フォン・シュトロハイムが主演。

15年前の失恋から女に心を閉ざしていた拳銃曲撃ち芸人フラマリオン(シュトロハイム)は、アシスタントのコニー(メアリー・ベス・ヒューズ)にたぶらかされ、コニーの亭主アル(ダン・デュリア)を事故に見せかけて撃ち殺す。しかしコニーは、飲酒癖のアルに愛想を尽かし、厄介払いするためにフラマリオンを利用しただけで、自転車乗りの男と出奔する。メキシコまで彼女を追いかけたフラマリオンは、彼女に嘲られて逆上し、彼女を絞殺するが、自分も撃たれて死ぬ。

撃たれたフラマリオンが過去をナレーションで回想する形式、男の運命を狂わせるファム・ファタルの存在と、典型的なフィルム・ノワール。いささかありきたりなストーリーだが、シュトロハイムの不気味にして滑稽な存在感(女と待ち合わせるホテルで嬉しさの余り踊ってしまう)と、マンの巧みな演出で見せる。若い女に言い寄られて動揺するフラマリオンが、移動のための列車の最後尾でただ線路を見つめている、その後方へ過ぎ去る線路の映像に、「あれが終わりの始まりだった…」とナレーションが被さる、その宿命論的叙情。

またコニーが遂に殺される場面はワンショットで描かれ、しかも必死に言い訳するコニーが、フラマリオンの置いた銃を奪うと、ころりと態度を変え、彼をののしり、嘲り、さらに迫るフラマリオンに怯え、拳銃を発射するまでの、事態の変遷に連れ、二人の位置がゆるやかに変わり、それに連れ変化する光線が、構図や陰影を変えてゆく視覚的に巧みな演出(最後、コニーはカーテンの裏に回り、影絵となって殺される)。シュトロハイムは全編を彼のモノクル(片メガネ)を通して撮るというアイディアを提示したが(『アルプス颪』の冒頭のような?) 無論採用はされなかった。

DVDが米、仏で出ている。 アメリカ版 / フランス版

『Two o’clock courage(二時の勇気)』は記憶喪失の男が、自分が犯したかもしれない犯罪の無実を晴らすため、女性協力者と事件の真相を探るRKOのノワール。36年のベンジャミン・ストロフ監督『Two in the dark(暗闇の二人)』のリメイク。そのストロフが今回の製作担当者。筋は、観ても、上記Turner classic moviesのあらすじを読んでも、入り組みすぎてさっぱり分からないので省略。Two o’clock courageという題名の劇の著作権と、女優のスキャンダルとを巡って起きた殺人事件らしい。霧の夜、雨に濡れた路上、記憶喪失の男の動きを模すようにふらふらとよろめく冒頭のカメラの動きが印象的。なお、主人公の恋人然としてヒロインを悩ませる女を、二年後『過去を逃れてOut of the past』(TV放映、DVD発売)で、ファム・ファタルのアイコンと化すジェーン・グリア(ここではベティジェーン・グリアの芸名)が初クレジットで演じている。

DVDがスペイン、Manga filmsより出ている。

『Sing your way home(歌いながら帰ろう)』はRKOのミュージカル・コメディ。第二次大戦がまだ終わらない中、自己中心的なジャーナリスト、キンボール(ジャック・ヘイリー)はフランス、シェルブールから船でアメリカに帰ることになり、ヨーロッパに引き止められていた十数人の少年少女の楽団の面倒をみることになる。少年少女の中に一人、ヨーロッパで親とはぐれて、アメリカに帰る機会を探していた少女ブリジット(マーシー・マグワイアー)がいた。キンボールは通報しようとするが思いとどまり、新聞社への連絡のための暗号製作者として雇うことにする。通信員に自分の電文を優先するよう賄賂を贈ったのが船長の逆鱗に触れたため、電信でのやり取りが出来なくなったキンボールは、暗号「ラブ・コード」で、通信文をラブ・レターに変換し、ブリジッドの恋人への恋文を隠れ蓑に使うのだ。

船上には同じくアメリカに帰る歌手ケイ(アン・ジェフリーズ)がおり、女になど興味はない、と言いながらキンボールは次第に彼女に惹かれ、ケイも憎からず思うように。しかしたまたま暗号文を読んでしまったケイは、それを他の女への恋文と勘違いし、怒った彼女は勝手に数行を書き加える。しかし暗号解読すれば、その文はキンボールの提案した和平案を連合軍が受け入れたと読めるようになっていた!キンボールは船上から放送するラジオニュース番組の枠を楽団に提供、船上では一大ショーが繰り広げられる。船はいよいよニュー・ヨークに到着、ただちにキンボールは捕らえられ、キンボールの電文を大々的に伝えた新聞社の編集者ともども留置場に。真相をブリジットから知ったケイによって釈放されたキンボールは、ケイと結ばれる。

かなり無理な設定。『オズの魔法使い』(39)のブリキ男役で知られるジャック・ヘイリーが主演だが、演技がはじけ切らず、あまり笑えないのが難。結局「ラブ・コード」なる奇天烈なアイディア、アカデミー賞歌曲賞にノミネートされたI’ll buy that dreamを含む歌の数々が見所。

DVDがスペイン、Manga filmsより出ている。

46年、リパブリック、ウィリアム・ワイルダー共同製作、リパブリック配給でノワール『仮面の女Strange impersonation』(TV放映のみ)。女性科学者ノラ(ブレンダ・マーシャル)は同僚の婚約者スティーヴン(ウィリアム・ガーガン)に結婚を急かされているが、後一歩で完成の麻酔薬の実験に夢中だった。しかし実験中、同僚のアーリーン(ヒラリー・ブルック)に裏切られ、顔を損傷、数ヶ月を経て一旦退院するものの、実験の日に車で轢きかけて慰謝料を与えておいた女ジェーン・カランスキ(ルース・フォード)が脅迫にやってきて諍いになり、誤って彼女をアパートのベランダから突き落としてしまう。ノラから奪った金品を身につけていたため、ジェーンはノラと間違われ、ノラは世間的には死んだことになる。ノラはジェーンに成りすまし、整形手術で顔を変えるが、その間にアーリーンはスティーヴンと結婚していた。

真相に感づいたノラは、ノラの文通相手のジェーンと名乗り、スティーヴンの助手として雇われる。スティーヴンの心は彼女に傾き始め、批難するアーリーンに正体を明かし、彼女を離婚に同意させたノラはパリへの出張にスティーヴンと出ようとする。その当日、空港に、事故の日本物の方のジェーンをけしかけて示談金をせしめようとしていた、こすからい弁護士助手リンス(ジョージ・チャンドラー)が現れ、彼女を告発。刑事の尋問に、ジェーンである自分にノラ殺害の容疑がかかっていることを知った彼女は、自分こそがノラだと告白するが、誰も信じてはくれない。絶望の余り気絶した彼女が目覚めた時、意外な真相が明らかになる。

前半部の実験室やアパートメントの白さと、後半部の明かりを抑え、ブラインドで縞状の翳を帯びた薄暗い室内の対比。しかし何よりも、警察の尋問室で、極端な仰角に、強いスポットライトの光の中のノラと、その背後の暗がりに立つリンスを強烈な対照で捉えたディープ・フォーカス画面がいかにもマン的。いきなり崩壊する日常、執念ゆえに主人公が入り込む悪夢的状況は、以後もマンが繰り返し取上げる主題となる。絶妙なタイミングで現れて画面を湿らせる陰険なリンスの存在感も忘れがたい。

DVDが米、Kino Videoより出ている。

同年のRKO『Bamboo blonde(バンブー・ブロンド)』はマン最後のミュージカル・コメディ(音楽ドラマは『グレン・ミラー物語』や『愛のセレナーデ』などがあるが、ミュージカル・コメディとしては最後となる)。共同脚本に『My best gal』と同じオリーヴ・クーパー。

大繁盛の「バンブー・ブロンド」社の社長エディ(ラルフ・エドワーズ)が、新聞記者のインタビューを受け、社の成功の由来を話す。数年前、戦地に向かう前夜の新兵パット(ラッセル・ウェイド)が、仲間との待ち合わせ場所に行くが、そこはエディの経営する「兵隊立ち入り禁止」のナイトクラブだった。金持ちの坊ちゃんで世間知らずのパットを仲間がからかったのだ。憲兵の手入れがあり、逃げ込んだ先は歌手の着替え室で、そこには歌手のルイーズ(フランシス・ラングフォード)がいた。ルイーズはパットが発つまで一晩中付き合い、土産をどっさり買い与え、さらに記念にとインスタント写真を撮って渡す。

パットの配属された飛行機はまったく成果を上げられなかったが、仲間の一人が縁かつぎにルイーズの似姿を「バンブー・ブロンド」とあだ名をつけて機体にペンキで描くと、途端に大いに戦果が上がり、その噂はたちまち新聞を通じて拡がった。それを知ったエディはルイーズを本物のバンブー・ブロンドとして売り出す。軍も、パットら一隊を戦争債キャンペーンに狩りだし、パットとルイーズが共同でツアーを組む。

次第に仲良くなる彼らに業を煮やしたのは、パットの「婚約者」アイリーン(ジェーン・グリア)。ルイーズに、自分と言う存在があることと、身分の違いを悟らせ、手を引かせようとし、一旦はそれに成功するが、しかしパットがルイーズの飾り気のなさが好きなのだし、アイリーンとはなんでもないとの言葉に婚約を承諾する。それを知ったアイリーンは、お祝いと称し、自分の地所でパーティを開くが、パットの両親は、身分違いの結婚に反対なので来ていない、とのアイリーンの言葉にルイーズは絶望し、NYに帰ると言い出す。では飛行機で送ってゆくというパット。しかし霧で迷ってしまったパットはある場所に不時着。しかしそここそパットの故郷だった。ルイーズはパットの両親に温かく迎えられる。

主演のフランシス・ラングフォードはディック・パウエルやボブ・ホープのラジオ・ショーの常連歌手、特に戦時中はこの映画にあるようにボブ・ホープのショーで各地を回っていた。マイケル・カーティス『ヤンキー・ドゥードゥル・ダンディ』(42)ではジェームズ・キャグニーと共演。ベイシンガーによれば、当時のB級映画は、潤沢な予算は使えなかったため、現実的なセットや衣装を用いざるをえなかった、それが逆にこの映画に誠実さ、今日見てもなお感じられる新鮮さを与えている、と言う。また動き回るカメラがアクションを高めている、とも。しかし筆者の方から言える事は何もない。全体にマンのミュージカル、話自体は確かに覚えているのだが、細かい場面の演出についてあまり記憶がないのである。ミュージカル鑑賞の能力が欠けているのか?わざわざ海外まで見に行ってこの体たらく。お恥ずかしい限りだ。