ロンドンとリリアン・ギッシュ Text by 大塚真琴   第1回 ロンドンⅠ

『American Film Institute Salute to Lillian Gish』
結婚行進曲
ケヴィンは今シュトロハイムの『結婚行進曲』(28)の復元をしているのだと話してくれた。ヒロインを演じたフェイ・レイはまだ元気に生きていて、できたら彼女に舞台挨拶に来てほしいと思っていると話してくれた。ケヴィンは彼女ともう何回もやりとりをしているようだった。フェイ・レイが来るなんて夢のようだなと思った。『キング・コング』(33)で“ベスト・スクリーマー”といういいのか悪いのか、そのイメージがついてしまったフェイ・レイであるが、もともとはハル・ローチのスタジオでコメディに出演していた。ラオール・ウォルシュの『バワリイ』(33)を観れば可愛らしい女の子であることがわかる。コメディに出ていた子に目をつけるというのがシュトロハイムの目の付け所の良さを思わせる。『結婚行進曲』と『グリード』(25)に出演しているザス・ピッツも、もともとは陽気な役柄で知られている女優だった。『キング・コング』でついてしまったイメージをフェイ・レイはものすごく気にしていて、それが今回の『結婚行進曲』の復元という企画の発端になったそうである。
ケヴィンは黒澤が好きだと言っていた。私は黒澤はそんなに好きではなかったので正直に好きではないんですと言った。でも、だからどうということは全くなかった。ケヴィンが黒澤が好きだというのは、多分黒澤の白黒映画の光と影がくっきりと美しいところや、花の咲き乱れる無声映画を思わせるような画面の作り方にひかれるからではないだろうかと私は考えた。ケヴィンの復元する映画もいつもくっきりと美しいので、それは人それぞれの性格と好みによるものだろう。
遅めのランチとデザートを食べ、オフィスに戻った。ケヴィンがテレビ番組のシリーズとして作った『ハリウッド』のクララ・ボウとジョン・ギルバートとグレタ・ガルボの回をビデオで見せてもらい、それから『American Film Institute Salute to Lillian Gish』を見せてくれた。隣でPさんが11月に上映する『結婚行進曲』のフィルムを大きなテーブルの上にフィルムを横倒しにセットして、早送りしたり、巻き戻したりして、テーブルの中央についているモニターでチェックしていた。
ケヴィンは無声映画は最初はすべてとても画面は美しいものだったのだと説明してくれる。昔は著作権の登録のためのただ見るためだけの紙のプリントとネガティヴがあり、ネガティヴをポジティヴにプリントする時にその方法によって画質はよくも悪くもなるのだと教えてくれた。ケヴィンは画質の悪いものを一つ見せてくれて、それからもう一つ今度はかなりきれいなものを見せてくれた。
1908年のD・W・グリフィスの『ドリーの冒険』をテーブルの上にフィルムを横倒しにしてセットして見せてくれた。前のモニターで見られるのだ。それから染色ということでモーリス・ターナーの『青い鳥』(18)のグリーンやピンクの色合いがきれいなフィルムを見せてくれた。さらにサイレントのテクニカラーということでアラン・ドワンの『当り狂言』(Stage Struck 25)でグロリア・スワンソンがとてつもなく派手な衣装を着て、“私はサロメよ!”と言って踊りだすシーンを見せてくれた。ヨカナーンの首を乗せたお盆を持ったところで、実はスワンソンはただの女中で、お盆の上にはベイクド・ビーンズの皿が乗っていて、今のはただの空想であったことがわかるのであった。
アイヴァン・バトラーの「無声映画の魔法」という本を貸してもらい、バス停まで送ってもらった。この本の紹介文もケヴィンが書いている。アイヴァン・バトラーは映画の評論家ではないけれども昔に観た映画のタイトルや内容を実によく覚えているのだそうだ。
この日一日、私は朝から長い旅にでも出ていたような気がした。一日の中身がものすごく濃かった。ホテルに戻ってそのままベッドに倒れこむようにして眠ってしまった。