ドン・シーゲル特集 <その3>
ジェームズ・エルロイの同名小説をカーティス・ハンソン監督が映画化したネオ・ノワール、『L.A.コンフィデンシャル』(97)の新版DVDが、製作10周年記念と銘打って、東北新社からリリースされることになったので、あくまでシーゲルと関連する点にだけ的を絞って、紹介しておきたい。

案外知られていない事実だが、このカーティス・ハンソンは、子供の頃からの映画好きが嵩じて映画ライターとなり、ロジャー・コーマン製作の低予算ホラー映画の共同脚本を手がけて映画界デビュー、ついには念願の映画監督へと上りつめた経歴の持ち主。彼より6才年上のピーター・ボグダノヴィッチとよく似たシネフィルお決まりのコースを辿ったわけだが、実際、高校中退後、ビヴァリーヒルズに住む裕福な叔父が金づるとなった映画雑誌、CINEMAの編集・発行を約3年間にわたって務めたハンソンは、そこで数多くの敬愛する映画人たちのインタビュー記事と写真を掲載。その1つとして彼が68年の春に手がけたドン・シーゲルのインタビュー記事は、やはり同誌の執筆陣の1人だったボグダノヴィッチが同時期に別の映画雑誌に掲載したシーゲルへのインタビューなどと並んで、英米圏における映画作家シーゲルの再評価に先鞭をつける、大きな役割を果たすことになった。

シーゲルは、彼の自伝の謝辞の中でカーティスの名前も挙げて、「『刑事マディガン』(68)の公開後にカーティスが私に行ったインタビューは大きな反響を巻き起こすことになった。彼は、自分がインタビューする相手を完全にくつろがせてしまう不思議なコツを心得ていて、私の場合、それが素晴らしいインタビューに結実することとなった」として感謝を捧げ、さらに「私は、彼が映画監督として成し遂げた仕事を大変誇りに思うし、また、彼がそれに十分値するチャンスを得るのに、自分が手を貸すことができたことも幸せだった」とも重ねて述べている。実はハンソンが、アメリカの映画監督協会に加入するにあたって、それに必要な3人の保証人として署名を頼みこんだのが、シーゲルと、サミュエル・フラー(彼の監督作『ホワイト・ドッグ』(81)の共同脚本はハンソンが手がけた)、そしてジョン・カサヴェテスという、ハンソン自身が最も敬愛する3人の先輩監督たちだった。

2005年7月20日、御存知アカデミー賞の主催団体である〈映画芸術科学アカデミー〉は、シーゲルの功績をたたえる追悼イベントを開催し、シーゲルの代表作の中から『ボディ・スナッチャー/盗まれた街』を選んで上映すると共に、2人の映画人がゲストとして招かれ、シーゲルについての思い出を語り合った。1人はもちろん、イーストウッド。そしてもう1人が、このハンソンである。そのイベントの報告記事が以下のサイトで読めるので、興味のある方はぜひそちらを参照のこと。

“CINEFANTASTIQUE”
“HOLLYWOOD GOTHIQUE”

さてここで、肝心の『L.A.コンフィデンシャル』について、少し内容の方にも触れておくと、ハンソンはこの映画を作るにあたって、作品の具体的な雰囲気をつかんでもらうために、スタッフ・キャストに、50年代のハリウッド映画を何本か参考上映したが、その中には、『キッスで殺せ』(55 ロバート・オルドリッチ)や『現金に体を張れ』(56 スタンリー・キューブリック)などと共に、2本のシーゲル映画、『殺人捜査線』と『地獄の掟』(54)も含まれていた。ハンソンは、この2本を参考上映した理由について、「僕はシーゲル監督の、引き締まって、効率のいいスタイルにいつも敬服していた。僕もあの感覚を手に入れたかった」と語っている(日本公開時の映画プレスより。今回のDVDの映像特典に収録されている監督インタビューでは、残念ながら、特にそのことには言及していない)。

『地獄の掟』は、『第十一号監房の暴動』に次ぐシーゲルの監督作で、主演女優のアイダ・ルピノが独立プロデューサーの前夫コリア・ヤングと共同で脚本も手がけている。現金強奪事件を捜査中のLAの刑事2人組が、盗まれた大金を発見したものの、1人がそれを黙ってネコババしようとし、相棒の刑事が友情と職業的倫理感の板挟みとなって思い悩むという、“悪徳刑事”もののフィルム・ノワールで、同じ50年代のLAを舞台にした『L.A.コンフィデンシャル』とは物語や主題の上で大いに関連性があるといえるだろう(いずれ、さらなるシーゲル特集、あるいは女性映画作家としての彼女に着目したアイダ・ルピノ特集といった形で、この作品も日本で紹介される機会が訪れることを切に願いたい)。

また、『L.A.コンフィデンシャル』の中には、『殺人捜査線』というよりはむしろ、これをシーゲル自らがヴァージョンアップさせたというべき『殺人者たち』の中の戦慄的な一場面を、ハンソンがまるまるパクッたとおぼしい箇所が、映画の後半に出てくる。それは、ようやく事件の全容がつかめてきたことから、遂に互いに手を組んだガイ・ピアースとラッセル・クロウが、2人揃って地方検事のもとに乗り込み、彼を高層ビルの一室から窓の外におっぽり出そうと試み、すっかり怖気づいた相手から重要な情報を聞き出すという場面。このときの刑事2人は、『殺人者たち』の中の、アンジー・ディキンスンをいためつけるリー・マーヴィン&クルー・ギャラガーの殺し屋ペアとダブって見えるのだが、さてどうだろう。ぜひ見比べてみて欲しい。

なお、『L.A.コンフィデンシャル』の原作者であるジェームズ・エルロイ本人も、ハリウッドのB級、Z級映画を偏愛するかなりの映画通として知られているが、アメリカの映画専門ケーブルTV局 Turner Classic Movies (TCM)は、2007年11月13日、エルロイを番組の特別ホストとして招き、彼がセレクトした50年代の埋もれたB級犯罪映画4本を放映した。その中には、『札束無情』(50 リチャード・フライシャー)、『契約殺人』(58 アーヴィング・ラーナー)などと並んで、シーゲルの『殺人捜査線』も含まれていた。その時、彼が映画放映の前と後に作品について語った映像が、現在、TCMのサイト上でも見ることができる。エルロイが『殺人捜査線』について何と語っているか、ぜひ皆さんの目で、チェックして欲しい。