コラム『日本映画の玉(ギョク)』Jフィルム・ノワール覚書⑬ 東映ノワール 『七つの弾丸』の革新性』    Text by 木全公彦
『七つの弾丸』
効率的な語りと卓越した構成
映画は矢崎が銀行を下見する導入部に、永井智雄によるオフからのナレーションを矢崎の内的モノローグ風にかぶせて、銀行襲撃計画の全容を見せていく。橋本忍お得意のナラタージュである。次にサイド・ストーリーを形作る三人の登場人物とその背景を紹介する。それから襲撃に備えて短銃の手入れをする矢崎の姿を映し出す。この間の経過時間はまだ映画が始まってから10分程度。この効率的な滑り出しの見事さ。昨今の無駄に肥大化した映画は見習うべきだろう。

次に映画は、矢崎の恋人である三千代の紹介し、続いてタクシー運転手の妻・満江が直吉の行方を探している場面があって、矢崎が銀行内部の様子を図面に描いて計画を練り、短銃の試射をする場面までが、さらに20分あって、ここまでが計約30分。全体で89分の尺を持つ映画の3分の1にあたる。3分の1という数字は橋本の脚本作りにとって重要な配分である。詳しくは後述する。

そこからナレーションに導かれて、矢崎の履歴を描き出す。函館生まれであること、早くに母親を亡くし父親に育てられ、中学を中退し上京したものの、都会に馴染めず職を転々としたこと。それらの事情が故郷の町の風景、ビルの林立した都会の空撮、建ち並ぶビル群、競輪場、野球場、キャバレーのネオンサインなど風景ショットがモンタージュで手際よく描かれ、矢崎が三千代と出会った頃へとつながる。矢崎はようやく臨時雇いの新聞社記者の仕事を得るが、正社員に昇格できる機会に、大学の卒業証明書が必要だと聞かされ、学歴詐称が発覚するのを恐れて、翌日から姿を消す。失業した矢崎は知人を訪ねて神戸に行き、日射病で昏倒し、担ぎ込まれた派出所で警官を警棒で殴りつけ、拳銃を奪う。トランクに奪った拳銃を投げ込んだところにキャメラがズームすると、ディゾルヴして新聞を印刷する輪転機が映し出され、ダブル・エクスポージャーで浜松OS劇場、名古屋新和銀行襲撃事件がモンタージュされていく。このあたりの効率的な描写もすこぶる巧みだ。

その後もそれぞれのサイド・ストーリーが交互に展開する。60分を過ぎたあたり、矢崎は翌日の襲撃に備えて睡眠薬を服用する。次の日、逃走用の車を奪うため、タクシーをつかまえて、小田急登戸へ。運転手を短銃で脅してトランクに閉じ込めるはずが、運転手が怯えて逃げ出したため、発砲して射殺。矢崎はそのタクシーを運転し、銀行と隣接する交番に来るが、江藤の同僚巡査が腹痛のため交替時間がずれて、計算外に交番の中に警官が三人になったため、計画を中止する。

別の日、矢崎はタクシーを拾って現場に赴き、交番に行くと「こんなものが落ちていた」と言って薬莢を江藤に見せる。矢崎は隙を見て江藤に飛びかかるが、揉み合っているうちに発砲してしまい、発射された弾は江藤の胸元を貫く。予定外の出来事に焦り、そのまま短銃を振りかざして銀行へ。ちょうど出納係の安野が現金の入った袋を金庫に入れようとしていたときだった。安野は反射的に袋を抱きかかえるが、矢崎は安野を撃ち殺すと、袋を奪取して、表に出る。

待たせてあったはずのタクシーはいない。慌てた矢崎は集まった野次馬に短銃を発砲しながら、ちょうど通りかかったタクシーを止める。直吉の運転するタクシーである。矢崎は銃で直吉を脅してタクシーで逃走する。すでに数台のパトカーが後を追っている。機転を利かせた直吉はタクシーを止め、スピードを出し過ぎたためエンストしたと嘘を言う。矢崎はイグニッション・キーが立ててあることを見つけると、腹を立てて直吉を射殺。次いで軽トラックを拾い、その荷台に乗って逃走する。湾岸付近の埋立地に追いつめられた矢崎は、軽トラックを乗り捨て、草むらを逃げるが追いかけてきた警官隊についに捕まる。

刑務所の高い塀が映り、「それから一年と十一ヶ月」というテロップが出る。無人の刑務所の建物や門の映像にかぶさるようにテロップが矢崎の死刑が執行されたことを告げる。そして彼の凶行に巻き込まれ、殺された三人の被害者たちの家族のその後が点描される。江藤の実家の農家では殉職で二階級特進になった江藤の写真が飾られている。母が「東京にさえ出なかったら」と愚痴をこぼすと、父は「田地田畑もない山奥で、次男三男の働き口がどこにあるんじゃ。警察官になるか…」と言う。それを聞いていた江藤の幼馴染は「隆ちゃんが東京へ行ったのが何が悪いんだ」と嘆く。安野の婚約者だった君子は見合い相手と結婚し新婚旅行の車中にある。安野の母は精神に異常をきたし、病院に送られるようだ。タクシー運転手であった直吉の女房・満江は、背中に生まれたばかりの直吉との赤ん坊を背負い、百貨店で子供の下着を盗み、万引でつかまる。その様子を満江の小さな子供たちが呆然と見ている。苦い余韻を残す幕切れである。