コラム 『日本映画の玉(ギョク)』 レッド・パージを生き抜いた男   Text by 木全公彦
『真昼の惨劇』
『真昼の惨劇』ポスター1

『真昼の惨劇』ポスター2
『真昼の惨劇』(1958年)

行き交う多くの車や人ごみで賑わう大都市東京の片隅に貧しいバタヤ部落がある。ここにクズを大八車に積んだ親子5人が流れ着いてくる。平井力造(福原秀雄)、その女房・あき(望月優子)、16歳になる長女・君子(青柳寿恵)、13歳の次女・芳江(島田典子)、5歳の長男・常夫(春日井宏佳)である。一家は生活に困窮し食いつめてバタヤ部落にやってきたのだった。さっそく親方である安田(清水元)の世話で一家が住むバラック小屋を世話してもらい、力造はここでバタヤとして働くことになった。あきはニコヨンとして働きに出て、君子も総菜屋で働くことが決まり、一家は安堵した。だがつかのまの幸福は脆くも崩れ去った。力造は酒好きでたちの悪い酒乱だった。もとはといえばそれが原因で身を持ち崩し、仕事を失敗してこの地へやってきたのだ。わずかな金が入ると力造はたちまち酒びたりになって暴れた。いつかは酒代ほしさに芳江に売血を強要したこともある。君子が総菜屋でもらってきたいくばくかの食べ物を妹や弟の分け与えているのを見て、酒を飲んだ力造はまた狂ったように暴れた。力造は毎日酔っぱらっては暴力を振い、このままでは殺されてしまうと思ったあきは、ついに自殺しようと思いつめ家出をする。その日はバタヤ部落で年一回の演芸会だった。しかし酒の入った力造はまたも暴れ、みんなから反感を買った。一家を世話した吉田の堪忍袋も切れた。またも酔いつぶれて眠る力造を見ているうちに、君子と芳江に強い殺意が芽生えた。この父親さえいなければ。思いつけた二人の子供は紐で力造を絞め殺してしまう。上野の職安であきは読み捨てられた新聞を読み、事件のことを知った。警察に駆け付けたあきは保護室で子供たちと慟哭の対面をする……。

以上がストーリーである。

陰惨で救いのない話を、ネオリアリズモを思わせるセミ・ドキュメンタリー風に演出し、生々しいまでに迫力がある。バタヤ部落の向こうには千住のいわゆるお化け煙突が見え、要所要所で映し出されるが、『煙突の見える場所』(1953年、五所平之助監督)のようにほのぼのとした印象ではなく、見る場所によって本数の変わる煙突は悪夢のように映る。

幼い子供たちが酒乱の父親を殺す場面では、バラック小屋の中で焼酎の空き瓶をかたわらに酔っぱらって寝る力造の顔をじっと見つめる姉妹の姿に、突然けたたましく近くの工場からドリルの音が響き渡り、そこに末弟が何度も「腹減ったよう」と食べ物をねだる声がかぶさる。君子は弟をバラックの外へ追い出す。外にはつぎはぎだらけの洗濯物がぶら下がっている。バラックの中で姉妹はぴくりとも動かず父親の寝顔を憎悪のまなざしで見つめている。遠くの工場のサイレンがかぶさる。君子と芳江はどちらからともなく視線が合う。やがてすべての音は消え失せる。次の瞬間、バラックの外が映し出され、人も音もない死んだような時間の中でだらりとぶら下がった洗濯物が映し出され、やがてすべての音が戻ったと思うと、昼のけたたましいサイレンが鳴り響く。そしてバラックから虚脱したように君子と芳江が出てくる。緊迫感のある衝撃的な場面である。

出演者は、ほかに浜村純、菅井一郎、本郷秀雄、賀原夏子、左ト全、中村是好、武智豊子、中村美代子といった面々。子役は劇団こじか所属。