コラム 『日本映画の玉(ギョク)』 Jフィルム・ノワール覚書⑨ 『警視庁物語』の時代 その3   Text by 木全公彦
『12人の刑事』
『警視庁物語 12人の刑事』ポスター

『警視庁物語 12人の刑事』
⑰『警視庁物語 12人の刑事』(1961年9月13日公開)88分
[監督]村山新治 [脚本]長谷川公之 [撮影]林七郎
[事件名]松島グリーンホテル殺人事件 [事件発生場所]松島(宮城県) [その他の主要なロケ地]塩釜(宮城県、塩釜警察署)、上野、千葉県白浜(駐在所、吉田屋旅館)、神宮球場、栄町(名古屋市)、平和公園(名古屋市)、蒲田(パチンコ屋)、三島、小田原国道、新橋駅前広場

日本三景の一つ、松島にあるグリーンホテルで若い女が殺された。死因は絞殺による窒息死。「山田一郎」と名乗った浅黒い細面の男と同宿していたことが分かり、塩釜警察署の刑事たちは遺留品を手掛かりに、被害者と同宿した男の行方を追って東京の警視庁本庁に出張する。

シリーズ4本目の長篇は初の、そして唯一のニュー東映作品。監督は7度目の登板になる村山新治。プレスのタイトルは『警視庁物語 十二人の刑事』で、そのまま流用している資料も多いが、正式には『警視庁物語 12人の刑事』である。

オープングは珍しくクレジットのロールアップ。長尺版のお約束でナレーションがかぶって松島の空撮ショットで始まる。それからホテルのボーイが客室のドアをノックし、返事がないので、合鍵でドアを開けるとベッドにカーテンの紐で首を括られて縊死した女の死体があるというオープニングである。東京以外の都市が事件の発端になるのはシリーズ初。それも初めての東日本である。大村文武、波島進が宮城県警の刑事として復帰。石島房太郎は宮城県警課長。名古屋の捜査第一課の刑事に中山昭二。南広は本庁の刑事として、それぞれ復帰した。

季節は夏。昭和のモノクロの刑事ドラマというと、『暁の追跡』(1950年、市川崑監督)しかり、『張込み』(1958年、野村芳太郎監督)もしかりだが、夏の舞台にした作品に秀作が多く、本作でも今のようにエアコンが完備されていない時代の、夏の暑さがまず強調される。事件を追う刑事たちがしきりに汗を拭ったり、スイカを食べる場面があったり、扇子を使ったり。さらに登場人物のダボシャツとステテコの姿も見られる。このあたりの季節感がいい。

『警視庁物語 12人の刑事』
松島の部分では、ちょうど塩釜港祭りの最中で、その祭りの様子が点描される。大村と波島の塩釜警察署の刑事が遊覧船のガイドに目撃証言をとる場面がある。ガイドは刑事の質問に受け答えながら(当然宮城弁である)、遊覧船が奇観を通ると、刑事との話を中断し、その説明をする。最後は塩釜港祭りの神輿船を紹介し、映像は海に繰り出す神輿船を映し出す。ご当地映画や観光地映画のようにわざとらしく名所や祭りをテロップ付きで挿入するのではなく、自然に組み込んで、セミドキュの刑事ドラマの流れを崩さないところはさすが。このあたりは村山新治の演出というよりも、調べてみると長谷川公之の脚本に細かく指定されてあるので、長谷川の功績なのだろう。

同様に、犯人の足取りを追って名古屋出身の山本麟一が名古屋に飛ぶ場面があるが、土地の中山昭二とは名古屋弁を交わし、同伴した大村文武は宮城弁という方言のアンサンブルの中で、テレビ塔や平和公園などがさりげなく紹介される。また参考人のストリッパーに事情聴取に行く場面では、名古屋のストリップは過激であることや、ここらあたりではコールガールが盛んであると土地の刑事の中山昭二から語られるなど、本筋には直接関係ないが、実に地方の風俗が細かく、かつさりげなく描写され、単に舞台を全国に広げましたというんじゃないところはさすがにうまい。

長谷川公之の脚本は、シリーズが進むにつれて、捜査過程を細かくドキュメンタルに見せていくことよりも、事件の背後にある人間たちの哀しいドラマが浮上してくるような作劇に転換している。本作では前作『十五才の少女』が犯罪に裏側にある貧困さに焦点を当てて、悲痛で陰惨な印象を与えたが、本作では、逆に容疑者の足取りを追うことを主軸において、犯罪に手を染めざるを得なかった人間の哀しさについての描写はやや控えめになっている。だが、刑事が事情聴取に訪れる場末の硝子工場の付近にある貧民窟など、本シリーズのもうひとつのテーマである貧困についての描写も忘れてはいない。

『警視庁物語 12人の刑事』
終盤に判明する犯人が元プロ野球選手で肩を故障して野球界から放り出されたという経歴があったことに絡めて、前半から要所に野球ネタを入れて、伏線としているところなど、見事な構成とサービスに溢れた一作といってもよいだろう。

村山新治の演出はさすがにそつがなく、本来のセミドキュ・スタイルに本領を発揮している。とくにラストの新橋の駅前広場の大捕物場面では、手持ちで16ミリのアリフレックス・カメラを使用して、隠し撮りも含めた夜間撮影を敢行。大勢の人々が駅前の街頭テレビで野球を見ている中で、ロケーションを存分に生かした犯人逮捕の場面とあいなる。

余談ながら犯人を演じた俳優は、高校時代は野球に打ち込み、東映フライヤーズと契約寸前まで行きながら、ケガをして断念し、ニューフェイスとして東映に入社したという経歴の持ち主。それを知ってのキャスティングなのだろうか。