コラム 『日本映画の玉(ギョク)』 Jフィルム・ノワール覚書⑧ 『警視庁物語』の時代 その2   Text by 木全公彦
『顔のない女』
『顔のない女』
⑨『警視庁物語 顔のない女』(1959年2月18日公開)83分
[監督]村山新治 [脚本]長谷川公之 [撮影]高梨昇
[事件名]バラバラ殺人事件 [事件発生場所]新荒川橋 [その他の主要なロケ地]道玄坂(南広のデート)、上野動物園(神田隆の家族サービス)、荒川土手、上野?(アリス化粧品)、小松川競艇場、新橋(十仁病院前)、大田区某所(被害者のアパート)、代々木(乗馬クラブ)、浅草(ストリップ)、押上(タクシー運転手とのカーチェイス)、羽田、浜松町(ダルマ船)、西銀座、墨田区業平橋付近、日本橋箱崎町(ダルマ船酒場) *芸者置屋はセット(プレスより)

土曜日の午後。荒川土手に女のバラバラ死体が上がる。死体は胴の部分だけ。そのうち対岸に両足が発見された。解剖の結果、同一人物の胴と足であることが判明した。しかも被害者は30歳前後の女、死亡推定日は3日前、死体は絞殺後切断されたこと、足の長さから身長は155センチ、卵巣の手術の跡があることなどが同じく判明した。やがて川の上流から腕が発見された……。

シリーズ第9作で、長篇2作目は本シリーズのエース監督に成長にした村山新治の登板。これまでの作品にも実際の事件のモデルがあるケースが多かったが、本作も実際にあったいくつかの事件をモデルにしている。プロデューサーの斎藤安代によると、「ショウ・ボートの女給殺しに人物設定を借り、被害者がサンプラのブリッジで判明した大阪のバラバラに手がかりを借り、宇野ふみ子の巡査のバラバラのあった荒川を舞台にした」(「日刊スポーツ」1959年2月18日付)であるという。「宇野ふみ子の巡査のバラバラ」とは昭和の事件史上名高い「荒川放水路バラバラ殺人事件」(1952年)のこと。長谷川公之は法医技師として実際にこの事件を担当している。

最初の長篇『夜の野獣』のスタイルを踏襲してナレーションを採用している。冒頭は珍しく事件から始まるのではなく、レギュラー刑事陣の休日の姿から始まる。南広(シリーズ初参加)が渋谷で恋人と待ち合わせをしているところは例によって隠し撮り。神田隆は家族サービスで上野動物園。花沢徳衛は女房の出産に立ち会う。山本麟一は電車で移動中。その山本が窓から外を眺めると、荒川沿いの空地で子供たちが少年野球をしているのにつながる。ボールがそれたので、少年がボールを追って草むらに入ると、そこでバラバラ死体を発見する――という素晴らしい滑り出し。捜査一課はさっそく荒川一帯の地図を事務所に張り付き、付近一帯を捜査する。同時に橋から投げ込んだものがどのように川を漂流していくか、犬の死体を使って実験を行う。このあたりは非常に細かい。

地道な証拠固めや捜査が細かくリアルに描かれ、聞き込み場面は台詞を消して音楽だけでワイプでつなげていくなど、緩急心得た演出は巧みなものである。その一方、捜査の過程で隅田川から行方不明だった顔が発見され、その解剖結果を待ちながら、刑事たちが腐敗した首のことを話しながら神田隆がラーメンのチャーシューを食べるという、ヒッチコックばりのブラック・ユーモアがある。また花沢徳衛が生まれた赤ん坊に「正」と名付けようとするが、容疑者が「正」という名であることが分かり、断念する場面など、今回は特に犯罪が陰惨であるので、そのぶん適度なユーモアが効いている。

刑事たちが事件を捜査するうちに、事件と関わるいろんな人間たちの生活も垣間見えてくる。女給や芸者と関係を持ちながら令嬢との結婚を夢見るキャバレーのアルバイトボーイ、ハンカチ・タクシー(モグリのタクシー)をして稼ぐ運転手とその妻(谷本小夜子絶品!)、水上生活者だったストリッパーとその母(戸田春子!)、エロ写真を売りさばくチンピラなど、事件から社会の断面が鮮やかに切り取られ、世相や社会の底辺で生きる人間の哀しさが浮かび上がる。村山新治によって、『警視庁物語』シリーズは最初のピークを迎えたといっても差し支えないのではないか。本作では一部で新たにセットが作られ、そこでの撮影もされたようだが、やはり失われた昭和の東京の風景――生活者の匂いのする風景が圧倒的で、画一的な無味乾燥とした現代の風景ではなく、それだけでもう濃密なドラマが立ち上がってくるような舞台なのだ。とくに本シリーズでは東京の河川が舞台になる一連の作品があるが、本作『顔のない女』はその最初の作品である。

*『警視庁物語』シリーズは、ネガは破損して見ることができないシリーズ18作『警視庁物語 謎の赤電話』(1962年、島津昇一監督)を除く23作品が、ネット配信されている。以下はその代表的なウェブサイト。

【DMM動画】 【GYAO!ストア】 【hule】