コラム『日本映画の玉(ギョク)』谷口登司夫が語る三隅研次   Text by 木全公彦
社員から契約、そしてフリーへ
――話は変わりますが、谷口さんが大映の社員から契約になったのはいつごろですか。

谷口割合早かったですよ。3、4年か。

――契約だと残業代はなしで、1本いくらですか。

谷口そうです。だいたい大映に社員として入ったときの給料がものすごく安かった。それが段々上がってくるんですが、微々たるもんで食っていかれへんし、嫁はんも貰われへん。それで慌てて契約に切り替えたですが、それも騙されたというか。その頃給料が4400円です。それで1本30万円と言われて、こりゃすごいと思って契約に切り替えようと思って本社に行ったら、「なんで4400円のもんが1本30万円なんじゃ、最初は1本7万円から、そのうち上げてやる」と言われて納得したんですけど、その後全然上がらない(笑)。

――谷口さんの時代といえば、段々映画界も斜陽になる頃ですもんね。

谷口そう。ちょうど僕が入った頃がピークで、あとはずっと下り坂。

――録音の林土太郎さんにお聞きしたら、東映や再開した日活から誘いがあったそうですよ。

谷口僕にはなかったけど、先輩が日活に行きました。録音部からは何人か行ったでしょう?

――橋本文雄さんとか。

谷口それと中村(敏夫)さんか。ちょうど僕が入った頃ですよ。僕にも香港から誘いがあった。

――香港映画は大映から受けた影響が大きいですからね。勝さんのそっくりさんが出ている映画もあるし。

谷口そうらしいですね。香港では編集を大切にしてくれるらしいですね。行っとけばよかったかな(笑)。

――今日はどうもありがとうございました。

2006年5月17日 京都太秦にて
取材・構成:木全公彦