コラム 『日本映画の玉(ギョク)』 「母に捧げるバラード」のこと   Text by 木全公彦
『母に捧げるバラード』
『母に捧げるバラード』シナリオ
『海援隊 母に捧げるバラード』(準備稿)

1.街角

主人公、古賀英次が、物珍しそうに、まわりを見ながら来る。
そこは、学生街らしく、遠くに大学の塔らしいものが見える。
上着を肩にかけ、ぴっちりと線のついたズボンをはいている英次の姿は、周囲の若ものたちと、どこかそぐわない。
ふと見ると、一本の街路樹に、看板が立てかけてある。
看板には「母に捧げるバラード、海援隊」と書いてある。
英次「母に捧げるバラード? 笑わせるな」
と、次の街路樹にも立看板がある。「ママに捧げるバラード」と書かれてある。
英次「ママ? 甘ったれめ!」
次の街路樹にもまた、立看板。「母ちゃんに捧げるバラード」の文字。
英次「フフン(と笑って)バカ!」
四本目の街路樹にも、やはり立看板がある。学生祭の宣伝ででもあろうか。そこには「おふくろに捧げるバラード」と書かれてある。
英次「おふくろ? いい加減にしろ!」
いきなり、拳固で、その立看板をぶん殴る。
が、声をあげて笑い、ポケットからサインペンを出すと、看板に素早く温泉マークを書きこんで去る。
残った看板――「おふくろ」の「く」の字の部分に、ポッカリ穴が開き、温泉マークの横の文字は「おふろに捧げるバラード」と読める。

2.トルコ風呂の看板

吉原のトルコ街である。
プラカードを持った客引きの男が声をかけている。
英次が来る。
客引き「お兄さん、ひとふろ浴びてこうよ」
英次、ジロリと見る。
英次「自分は、そんな高い風呂へは、入ったことがないんだ(と去っていく)」
途端、客引きの男、おどけてCMソングを唄う。
客引き「(唄)今まで通りで、イイノカナ。今まで通りで、イイノカナ(とCMと同じジェスチュアをする)」

3. 吉原公園

英次が上着を胸にかけて、ベンチに寝ころんでいる。
酔客たちがうたうらしい軍歌が聞こえてくる。
英次「うるせえ! 軍歌なんか止めろ! (と上着を頭からかぶって、ちぢこまる)」
その上に、突然、母の声が響く。
母の声「こら、英次! なんばしちよるか! お国のために気ばらんか! 怠けちよるくらいなら死ね! 男と生まれたからには、輝く日本の星となれ!」
英次「(顔を出して)うるせえ! おまえのごたあ息子がおらんごとになっても、母ちゃん、なあも淋しうなか、ちゅうて、家を追いだしたんは、そっちじゃなかか」
と、突然、通りかかった一人の少女が、崩れるように倒れこんでくる。
英次、ハッとして起き上がる。
少女はそこに座りこんで、激しく喘ぐ。
その口からは重いうめき声がもれ、その顔は汗でびっしょりである。