コラム 『日本映画の玉(ギョク)』 三國連太郎『台風』顛末記 【その2】   Text by 木全公彦
『台風』梗概(当初案版)
その前に映画のあらすじを紹介しておこう。
すでに書いたように、映画は当初の企画から大きく変更されたので、もともとはどういう話だったかは推測するしかない。だが、いろんな記事や状況を総合して、たぶん次のようなあらすじではなかったのではないかと思われる。
ある地方都市の近郊にある村を巨大台風が襲う。台風は村に大きな被害を与え、道路は寸断され、村は孤立する。食料や物資は途絶え、村人たちは耐乏生活を強いられる。一方、村に物資を届けようとするトラック隊は、台風によって寸断され、地盤の緩くなった道なき道を、土砂災害の危険と隣り合わせになりながら、奮闘しながら走り、なんとか物資を被災地に届けようとする。極限状態の村の被災者と救援物資を運ぶトラックとの、スリルをはらんだ人間ドラマである。

まあ、おそらくはこんな話だったのだろう。どこか『どたんば』(57年、内田吐夢監督)を思い出させもするが、映画『どたんば』には三國は出演していない。だが、もともと『どたんば』は映画に先行し、映画化の1年前の1956年にNTVがテレビドラマを製作しており、その好評によってテレビドラマのオリジナル・シナリオを書いた菊島隆三の脚本を原作として、橋本忍の脚色で映画化されたものだった。そのテレビ作品の主演が三國連太郎だったのである。『台風』を企画した三國の頭の中にこの『どたんば』のことがあったのかどうかは定かではない。ともあれ改稿に次ぐ改稿の果てに嫌気が差した植草圭之助が降板し(クレジットには植草の名前はない)、弟子にあたる春田耕三が引き継いで書き上げた『台風』の撮影台本は、この当初の案とはまったく違ったものになってしまった