コラム 『日本映画の玉(ギョク)』 『ある女の影』覚え書き   Text by 木全公彦
『ある女の影』
最初に大山勝美の名を知らしめた30分1話完結のミステリドラマ『慎太郎シリーズ』(60)には、その後、吉田喜重と岡田茉莉子が自らの製作プロダクション<現代映画社>で製作する作品に、重要な脚本家として参加する、詩人でテレビドラマ脚本家の山田正弘が脚本を書いていた(山田が吉田喜重の知己を得るのは田村孟を通じてであり、もう少しあとの1967年夏のことである)。今までテレビドラマとは縁のなかった吉田は、新妻の名前を冠したテレビドラマ・シリーズが始まるにあたって、大山勝美の薦めでシリーズの第一回の飾るドラマの脚本を書くことになった。吉田が他人の演出のために脚本を書いたのはこれ一本きりしかない。その『ある女の影』と題されたドラマでは、ヒロイン岡田茉莉子は映画女優という設定である。

試写室のスクリーンに女(岡田茉莉子)の顔が映し出される。女の手が動く。白い粉をスプーンからコップに落とす。台所の戸口には若い男、滝村(入川保則)が立っている。女は和室に敷かれた蒲団に仰臥する夫、松宮(有馬昌彦)の枕元にその粉を溶かしたコップを置く。松宮は警察に電話をして自分が毒殺されそうなことを訴えるが、背後から滝村が近づき、電気スタンドを松宮の頭に振りおろす。
スクリーンで展開するドラマの一連の場面を演じる自分の姿を、試写室の暗闇の中で花森晶子(岡田茉莉子)が見つめている。プロデューサーの合田(神山繁)が頭痛で気分が悪そうにしている晶子の気を使う。帰り際、守衛が晶子を訪ねて若い女性がやってきたことを告げる。晶子はこのところ感じている強い倦怠感と不安にとらわれる。
ブザーが鳴る。お手伝いのユキ(笹森ミチ子)がドアを開ける。晶子が自宅に帰ってくると、写真家の宇神(小池朝雄)と俳優の滝村が来ている。ユキが晶子に今夜仮縫いがあることを告げ、若い女性から「最上さんて方が来ていないか」という電話が何度も入ったという。客間では宇神と滝村は晶子の新作を批評しあう。「夫に飲ませるコーヒーに劇薬を入れる場面の演技はすばらしい。さすが花森晶子だ」云々。写真家の宇神は雑誌のグラビア用に撮影した晶子の顔を投写機で客室の壁に映し出す。次いでベトナム戦争の写真が続く。
ブザーが鳴る。そのときユキが来客を告げる。さきほどから電話をしてきた若い女性、最上はるみ(弓恵子)である。晶子は撮影所に訪ねてきたのもあなただったのかと確認すると、はるみはそうだと答えた。はるみは晶子に姉の最上敏恵が失踪したので、ここに来ていないかと訊ねる。そこへ仮縫いをしにデサイナーの風間(野中マリ)がやってくる。晶子ははるみを宇神と滝村に「金沢にいた頃の友達の妹」だと紹介する。はるみは晶子と会うのは今日がはじめてだと言う。はるみの兄と結婚した人が短大に通ってた頃に、晶子と一緒の寮に住んでいたのだという。当時、晶子ははるみの兄が好意を持っていたが、すでにはるみの兄は敏恵と結婚することが決まっていた。つまり三角関係にあった。そのもつれから敏恵は自殺未遂を図ったことがあると、はるみは話した。
仮縫いをする晶子は頭痛がとれない。ユキが手渡す薬を晶子は飲む。はるみは滝村の車に送られて帰る。晶子が客間に戻ると、合田と宇神がまだスライドを見ている。はるみが話した金沢での出来事について問うと、晶子は8年前の金沢での出来事を話しだす。「あれは8年前のあの時、2月だった。――寒かったわ。雪が降って、北陸には20年振りの大雪だったわ」と晶子が呟くと、壁に映っているスライドが北陸の雪景色を映し出す。「汽車はこなかった。いつまで待っても来なかったわ。私たちは人目を避けて、金沢の南にある、小さな温泉街の駅で、寒さに震えながら待っていたの――半日が過ぎたわ。それなのに、あの汽車の吐き出す黒い煙はとうとう見えなかった」。晶子の回想につれて、スライドの中の過去が浮かびあがる。
旅館の一室。晶子と最上高志(田口計)がコタツに入っている。そこに刑事が現れ、沢野敏恵が自殺を図ったことを告げる。病院では敏恵(原知佐子)が胃を洗浄され、蒼白な顔で横たわっている。もう少しで晶子に嫌疑がかかるところだったという。そして回想は遠のく。
ブザーが鳴る。晶子も宇神も合田も気持ちが悪くなる。仕方なく晶子が出ると、失踪していたはずの敏恵が立っている。客間に招き入れて、宇神と合田がさきほど晶子から聞いた金沢での話を持ち出す。ところが敏恵は8年前に睡眠薬を飲んだことを否定する。敏恵の回想で、再び壁のスライドの風景は8年前へ。晶子の寮の部屋に敏恵がやってきて、高志と金沢を出ようとする晶子をなじる。興奮した敏恵は手にした睡眠薬の小瓶から錠剤を飲もうとする。争う二人。回想が飛び、ベッドに寝ている敏恵。刑事の事情聴取に応じて、自分が多量に睡眠薬を飲んだと話す。「あの時の私には、もうどちらでもよかったんです。なにもかもお仕舞いやと思って――」。それから数日後、晶子は金沢を後にして東京へ旅立った。
再び現在。敏恵の話を聞いて、晶子は猛然と反論する。睡眠薬は常用していた敏恵が故意に飲みすぎたのだと。興奮してくる晶子と敏恵。晶子は敏恵に嫉妬していると責めると、敏恵は高志を諦めてくれたから感謝していると言う。晶子は知らないだろうが、自分はあれ以降もしょっちゅう高志と会っていたと言う。敏恵が入院したとき、高志からそのことを聞いて入院費用を負担したのも自分なのだ。それから高志は平気で晶子からお金を持っていったのだ。だが、反論する晶子に無情にも敏江は高志が死んだことを告げる。
すでに夜が明けようとしている。帰ろうとする敏恵に晶子は何故来たのかと問うが敏恵は無言のまま玄関を出て行く。客間に戻ると、そこにいた宇神が晶子に「あの夜、君には殺意があったんだろ?」と声をかける。晶子は無言である。そこに玄関のブザーが鳴る。

宇神「誰だ」
男は詰問するように聞く。女はもう普段の落ち着きを取り戻していた。
晶子「――あの人だわ?」
宇神「あの人?」
晶子「そうよ、あの鳴らし方でわかるわ」
宇神「最上高志だというのか」
晶子「(頷く)」
宇神「彼は死んだのじゃなかったのか」
晶子「(微かに笑おうとする)」
宇神「君は知ってたんだな、そうだろ」
晶子「(笑おうとする努力とは逆に、女の表情は強ばってしまう)」
宇神「――早く行ってやれよ」

 ブザーが鳴り続ける。女は客間から現れると、ゆっくり玄関に近づいていく。朝の陽を浴びて、硝子戸に映る男の影。

(終)