コラム 『日本映画の玉(ギョク)』 『お荷物小荷物』とその時代 前篇   Text by 木全公彦
虚構と現実が混淆する最終回
そして菊をいびり、セクハラを仕掛ける男どもは、復讐に燃える菊の本心を知らず、いつのまにか菊の虜になってしまう。やがて誰が菊を射止めるかに重心が移りながら、菊の復讐はいかに、というところで、忠太郎じいさんは「菊と戦って、最初に木刀に触れた者に結婚を許す」と約束。ところが結果は誰も木刀に触れることができず、沖縄空手の達人である菊の圧勝に終わる。仁は「立派な跡取りを産める女とは、血統の良し悪しではなく、健康な体をしていることが条件」と忠太郎に耳打ちしたので、忠太郎は菊の身体検査をするが、このじいさんは久々の女体に興奮し、思わず日の丸を握りしめ、「日本書記」を朗読し、自分が菊と結婚すると言い出す。心配する悌子に菊は「私は沖縄よ。日本全土にひどい目に遭わされてばかりきたじゃない。今さらジジイの花嫁になるくらい何ですか」と涙を浮かべて復讐の完遂を選ぶ。そして菊は兄弟とではなくなんと忠太郎じいさんと結婚してしまうのである!

最終回第18回「十八、十九、最終回」は、唯一現存しており、横浜の放送ライブラリーで視聴することができる。

最終回はこのように始まる。菊に扮した中山千夏をはじめとするレギャラー出演陣が、本人としてキャメラに向かって視聴者に語りかけ、最後の自己紹介をすると、テロップでは役名が出て、次回の予告篇が出る。そして中山千夏がその理由を語る。「さて、私、中山千夏です。なぜはじめに予告篇をやったかといいますと、いつも予告篇をやる時間まで、いっぱいいっぱいドラマを続けたいからです。どうか終わりのタイトルが出るまで、今日はたっぷりと『お荷物小荷物』をお楽しみください」といったように、番組のフォーマットまでやりくりしてしまう自由さにはちょっと驚いた。

菊をめぐって大騒ぎの中、菊は正体をバラし、亡き姉の忘れ形見・仁一を跡取りにしてほしいと望むが断られ、願いを賭けて忠太郎に試合を申し込むが負けてしまう。翌朝、菊は巡礼姿でさくら(中原早苗)、毬子(鮎川いずみ)と旅に出る。3人はスタジオのセットも出て、朝日放送の社屋も出て、本物の(?)ヤジ馬がいる中をかきわけて歩きだし(まるで『幕末太陽伝』の幻のラストシーンにように)、菊はキャメラに向かって「みなさん、長い間ありがとうございました。これにて『お荷物小荷物』は全巻の終わりです」と告げる。それを朝日放送の社屋から菊を追いかけて出てきた5人の兄弟が「この中で誰がいちばん好きなんだ!」と叫ぶと、菊は「18回で終わりなのに……」と言い、仁が「だったら19回もやればいい!」と言って、冒頭のテーマ曲とタイトルで、再びオープニングに戻り、19回が始まるという趣向。もちろんこれは先行する大島渚の『帰って来たヨッパライ』(68)のメビウス的円環構造の継承であるが、個人的な体験では、小谷承靖の『がんばれ!若大将』(75)のラストで、あまりに最後まで格好いい若大将=草刈正雄を妬んだ一人が若大将にクレームを付けると草刈若大将が「どうせ最初からやったって同じになっちゃうんだから!」と叫ぶやいなや、東宝マークが出てまた冒頭に戻るという脱構築ギャグを見たとき、「ああ、『お荷物小荷物』だ」と思ったことのほうが忘れがたい。

ところが、ちゃぶ台返しをした19回がはじまるやいなや、朝日放送の社屋にジープが横付けされ、中からキャメラや三脚を持ったスタッフたちが飛び出してくる。「なにがあったんですか?」と菊が訊ねると、国会で先ほど憲法第9条が削除され、自衛隊が軍隊になり、徴兵制が敷かれたという。驚いてテレビをつけると、「お昼のワイドショー」が流れ、司会の中山千夏が事態を報道している。いつのまに日本は仮想敵国と戦争になっていた。「出征兵士を送る歌」が流れる中、5人の兄弟は全員応召を受け、戦地へと赴く。じいさんの床の間に飾ってある日の丸と日本刀。朝日放送のステージに作ってあった滝沢セットがゆっくりと崩れ、照明機材などがむきだしになって、なにもないスタジオが現出する。今村昌平の『人間蒸発』(67)みたいだ。そして5人5様の壮絶な戦死場面。礼は「どうせ死ぬならカッコよく死にてえな」などと、加藤泰の、というより福田善之のといったほうがよい『真田風雲録』(63)の真田幸村のようなことを言っている。戦死の瞬間はテロップで役名と俳優名が出るが、これは『仁義なき戦い』(72)より前のことである。まあ、深作はその前からこうしたテロップを使っていたわけだが。そして戦死した5人の墓標にぬかずく巡礼姿の菊。そこへ幽霊になった5人が現われ、菊に「誰がいちばん好きなのか」と迫ると、菊はキャメラに向かって「私がいちばん好きなのは……このドラマを最後まで見てくれた視聴者のみなさんです!」と告げ、好評につき、続篇が制作されることを宣言し、『お荷物小荷物』の第1シーズン、通称「沖縄篇」は終わる。平均視聴率、大阪24、9%、東京21、6%、最終回では関西ので視聴率は36、2%って、10%台の視聴率でもトップ10入りしてしまう今なら、間違いなくぶっちぎりのはずである。