コラム 『日本映画の玉(ギョク)』 駅弁才女と呼ばれたマルチタレント   Text by 木全公彦
ドケチ婆さんと天才子役
まあ、その時分なら誰しも知っていたことだが、改めて書いておくと、テコというのは天才子役ぶりで世間を驚嘆させた菊田一夫の芝居「がめつい奴」で中山千夏が演じた、ちょっと頭のトロい女の子の名前である。我々の世代では、ちょうど中山千夏人気が最高潮だった1970年に、テレビドラマ化したものが放送され(松山善三演出)、テコを子役時代の藤山直美が演じていたので、そちらの方で記憶している人もいるかもしれない(この人もおかめ系だなー)。

菊田一夫の芝居は大阪釜ヶ崎のドヤ街に住む実在のドケチ婆さんをモデルにしたもので、舞台での大ロングランを受けて、1960年には映画にもなった。監督は千葉泰樹。残念ながらソフトは以前キネマ倶楽部からリリースされたきりで、DVDにはなっていない。その舞台と映画でエゲツないドケチぶりを発揮するお鹿婆さんを演じたのが三益愛子で、この役は大映「母もの」と並ぶ彼女の東宝時代の代表作となった。そのお鹿婆さんのモデルになった婆さんが6年ほど前に事件を起こしニュースになり、「まだ生きていたのか、あのエゲツないドケチ婆さんは!」と世間を騒がせたので、覚えている人も多いはず。

《「がめつい奴」モデルの女性社長、ノミ行為会場提供容疑》

《競艇のノミ行為の会場に、所有するアパートの部屋を提供したとして大阪府警西成署は8日、大阪市西成区萩之茶屋3丁目、アパート管理会社の大田はる社長(90)を組織犯罪処罰法違反(犯罪収益の収受)などの疑いで書類送検した。大田社長は、菊田一夫原作の戯曲「がめつい奴」のモデルとして知られる。調べによると、大田社長は昨秋から今春にかけて、戯曲の舞台でもある同区のあいりん地区(釜ケ崎)で、山口組系暴力団組員(51)=モーターボート競走法違反などの罪で起訴=が住之江競艇(大阪市)の「勝舟投票券」をノミ行為で販売するのを知りながら、自分のアパートの複数の部屋を1日4万5000円で貸した疑い。家賃は相場の6、7倍とされ、総額で約1000万円になるという。 大田社長はこれをアパートの管理人男性(71)と分配しており、同署はこの男性についても書類送検する。「がめつい奴」は1959年の初演。戦後の混乱が続く釜ヶ崎の簡易宿泊所を舞台に、三益愛子演じる女主人「お鹿ばあさん」と住人のたくましい生き方を描いた人情喜劇。映画やテレビ化され、流行語にもなった。大田社長のアパート管理会社は大阪国税局の税務調査を受け、昨年1月までの7年間で約3億1000万円の申告漏れがあったと指摘され、約7500万円を追徴課税されている。》(「朝日新聞」2005年1月23日朝刊)

その後、この婆さんが死んだという噂は聞かないから、まだ健在でどこかでまたあくどいことやっているかもしれないが、まあそれはそれとして、千葉泰樹の映画で、そのエゲツないお鹿婆さんが唯一心を許す知恵遅れの少女テコを演じていたのが中山千夏だったのである。久しぶりにビデオで見直してみたが、いやあ~、当世の大人たちをメロメロにする芦田愛菜ちゃんや加藤清史郎といったかわいい子役を想像すると予想が大きく外れることになる。なにせ不細工で頭がトロい上、手足がちぎれかけたボロボロの人形を抱いて、いつも気色の悪い唄を口ずさんでいるというトンデモない役なのだから。これがまた中山千夏にピッタリで、ルックスも愛嬌も大差ない藤山直美はいいセン行っていたが、やっぱ中山千夏には及ばないだろう。宮城まり子じゃひたむきさが邪魔だし、中村メイコ(この人も不細工な子役だったなあ)じゃこまっしゃくれた小芝居で演技は下手だし。その天才子役ぶりに改めて脱帽した。舞台版が見たかったなあ~。