コラム 『日本映画の玉(ギョク)』 続・合作映画の企画   Text by 木全公彦
『大海獣ビヒモス』
『大海獣ビヒモス』
ところで、ユージン・ルーリーの監督した怪獣映画で、日本ではずいぶん前にカットだらけで東京12チャンネル系列で一度放映されただけのため、長らく幻の映画と言われていた『大海獣ビヒモス』(59)が日本でDVDリリースされていることを最近知ったので、購入して鑑賞してみた。この作品もまた『ゴジラ』につながるアトミック・モンスターの典型である。

劈頭、科学者カーンズ(ジーン・エヴァンス)が戦後の冷戦体制の下で繰り返されてきた人類の原水爆実験の危険性について講演している。今の日本だからこそ、いっそう感慨深く聞こえるセリフであるからちょっと字幕から書き写す。
「原子力が生まれてから我々は143回もの実験を繰り返した。百万分の一グラムのラジウムが人間にとって、安全と言える限界です。実験の度に数百万トンもの放射性物質を大気に吐き出す。だが大規模な爆発のみが地球を汚染しているのか? 海に捨てている核廃棄物はどうでしょう? 確かに鉛の容器で適切に廃棄しています。だが鉛も海底で徐々に分解していく。私はクロスロード作戦に従事しています。海洋生物学者として。ビキニ環礁での核実験はご存じですね。あれから学んだことがひとつ。それは放射性物質の均等な分散などないという事でした。一帯の水質を調査しました。放射能は微々たるものでした。だが海中に生息する微小なプランクトン、これに通常の2千倍もの放射能が見つかりました。そのプランクトンを食べた魚は、4万倍もの放射能を溜め込んでいました。その魚を食べた鳥からは実に50万倍もの放射能が検出されたのです。これは生物の食物連鎖の結果と言えましょう。幾何学的にも破壊的な脅威です」。その講演に異議を唱える学者に、別の学者が実験区域から数マイル離れたところで被爆した日本の第五福竜丸のことについて語り、反論する。同意を得たカーンズは続ける。「海を遮ることは不可能だ。そしてそれは我々に反撃するかもしれない」(聞いているか、東電!)。
同じ頃、イングランドのコンウォールの海岸で老漁師が全身ケロイドを負って瀕死の状態で発見される。漁師は「海からまるで炎のように燃える……ビヒモスを見た」と叫んで絶命する。ビヒモスとは、旧約聖書に登場する怪物で、『ヨブ記』によれば、杉のような尾と銅管や鉄の棒のような骨、そして巨大な腹を持った草食の獣で、カバと水牛を合わせたような水陸両棲の怪物のこと。そのニュースを知ったカーンズは、イングランドに飛ぶ。そこで彼は海岸で奇妙な物体を触って手にヤケドを負った若い漁師と会う。その付近の海底にいるカレイを調べてみると、高濃度の放射能が確認される。やがて船が難破する原因不明の事故が起こる。カーンズは核実験の放射能によって目覚めた正体不明の怪物ビヒモスの仕業だと考えて、注意を促すが、すぐに不安は的中し、なにか巨大な生物が現れた足跡が発見され、古生物学者の鑑定により恐竜パラエオサウルスらしいということになる。その恐竜は電気ウナギのように生体電気を放つという。しかも放射能を帯びているから危険きわまりない。海中への先制攻撃のかいもなく、ついに厳戒態勢のロンドンにビヒモスが襲来する……。

特撮オタにはウィリス・オブライエンの最後の特撮作品として名高い映画だが、実際に恐竜をアニメートしたのはオブライエンの片腕として活躍したピート・ピータースンで、実際はオブライエンはその監修でしかない。ピーターソンはすでに難病の多発性硬化症になっていたようで、この頃は病気の悪化で車椅子に座りっぱなしの状態であったそうな。それにしてもビープロの特撮テレビ『怪獣王子』のネッシーとちょぼちょぼのビヒモスのしょぼい造形はあまりにもひどいし、ほんの申しわけ程度に使われるストップモーション・アニメーションのぎこちなさに加え、「モンスターメイカーズ」(STUDIO28編・著、洋泉社、2005年)によれば、特撮予算2万ドルというあまりにも低い予算は、セットやミニチュアを最小限におさえて撮影しており、モンスターによる大都市破壊も満足にできず、手抜きとしかいいようのない節約ぶり(同作品からの使いまわしのストック・ショット多し)にがっかりする。これでは、さすがにいくらカネに困っていたとはいえ、巨匠オブライエンの白鳥の歌としてはあまりに悲しい出来だと言わざるを得ない。  しかし、やっぱそうなると、一流監督の美術監督でありながら、このような低予算ゲテモノ映画ばかりを監督したユージン・ルーリーという人の節操のない仕事ぶりが不思議に思えてくるのだが……。