9月のCS・BSピックアップ
映画がナマモノだと思うのは、たとえば現在邦画界を席巻している難病純愛ものブームは、あと10年もすればあれは一体何だったのか理解できない現象になっているに違いないということである。それでいえば、現在の視点から往年のヒット映画シリーズを考えた場合、私にとってその最大の謎は、三益愛子主演の「母もの」シリーズが何本を作られ、大ヒットしたという事実である。

■  日本映画専門チャンネルでは、その三益愛子主演の大映「母もの」映画全31作が一挙放映される。母ものの源流は、ヘンリー・キングの『ステラ・ダラス』(25)だと言われている。個人的にはこれにライオネル・バリモアが監督した『マダムX』(29)も加えたいところだが、これらの作品の影響は戦後『山猫令嬢』(48)を嚆矢とする大映母もので一挙に大流行する。大映では以後10年間で31本の作品が製作され、大映東京撮影所の看板シリーズとして会社の屋台骨を支えた。このシリーズのヒットを記念して大映は撮影所内に「母燈籠」なるモニュメントを作ったぐらいなのである。また、あまり知られていないが、この流行は大映のみならず松竹や東宝などの他社でも同様の映画が製作されたほど影響があった。9月に放映するのは以下の16作品。

・『山猫令嬢』(48/森一生)
・『母』(48/小石榮一)
・『母紅梅』(49/小石榮一)
・『母三人』(49/小石榮一)
・『母恋星』(49/安田公義)
・『流れる星は生きている』(49/小石榮一)
・『母燈台』(49/久松静児)
・『母椿』(50/小石榮一)
・『拳銃の前に立つ母』(50/小石榮一)
・『姉妹星』(50/野淵昶)
・『母月夜』(51/佐伯幸三)
・『母千鳥』(51/佐伯幸三)
・『母人形』(51/佐伯幸三)
・『母子船』(51/吉村廉)
・『瞼の母』(52/佐伯幸三)
・『呼子星』(52/吉村廉)

「三倍泣かせます」という『母三人』のコピーは今も有効な傑作コピーだと思うが、やはり現在このシリーズを観ると、古色蒼然とした感じを否めない。松竹の擦れ違いメロドラマがそうであるように、そのクサさばかりが目に付いてしまう。1990年代に伝説の名画座スタジオamsで「母もの」の連続上映が組まれたことがあったが、いくら映画なら何でも観る映画獣系常連客も連日日替わりで2、3本のペースで上映されるワンパターンのお涙ちょうだい劇にいささか辟易してぐったりしていた記憶がある。しかしハナっからバカにして気が乗らないながらも観ていくと、たとえば大陸からの引き揚げを背景にした『流れる星は生きている』なんかはなかなか捨てがたいし、10月に放映される『母を求める子等』(56)、『母の旅路』(58)をあの清水宏が監督しているということから、このメロドラマのあり方はなかなか興味深いのである。清水宏といえば、まずまずの佳作であった前者はともかく、後者はかなりひどい出来だったと思うが、この『母の旅路』が今回放映される『母紅梅』のリメイクであるということを考えると、改めて見直して是非この機会に比較しておきたいと思う。
また、小石榮一という監督についても、衣笠門下から出発し、戦前は傾向映画を監督したこともあるのに、戦後はこういう「母もの」専科の監督になってしまったのはどういうわけなのか、興味は尽きない。


■「東宝娯楽シアター」からはサラリーマン喜劇が4本

・『ニッポン無責任時代』(62/古澤憲吾)
・『喜劇 駅前団地』(61/久松静児)
・『社長漫遊記』(63/杉江敏男)
・『続社長漫遊記』(63/杉江敏男)

東宝のドル箱シリーズをピックアップしたラインナップである。植木等の「無責任シリーズ」といえば、すぐに第1作『ニッポン無責任時代』の名が挙がるが、シリーズが進むにつれてアナーキーさが薄れていく中で、やはりこの第1作は文句なしにおもしろい。古澤憲吾の特徴である「いきなりミュージカル」もたっぷりと堪能できる。一方、金井美恵子に日本映画の下品さの代名詞として槍玉に挙げられている「社長シリーズ」は(本当に観てるのかしらん?)、その大半を松林宗恵が監督を担当しているが、今回は器用な職人監督である杉江敏男の監督作を2本。森繁をはじめとする常連のアドリブ合戦が楽しい。パーッとやりましょう!


■「甦る大映京都時代劇」特集では、黒澤明や溝口健二の国際賞受賞をきっかけに黄金時代を迎えることになる大映京都撮影所のプログラム・ピクチュア時代劇を特集する。

・『月形半平太』(56/衣笠貞之助)
・『地獄花』(57/伊藤大輔)
・『江戸っ子祭』(58/島耕二)
・『口笛を吹く渡り鳥』(58/田坂勝彦)
・『天竜しぶき笠』(58/渡辺邦男)
・『歌麿をめぐる五人の女』(59/木村恵吾)
・『かげろう笠』(59/三隅研次)
・『白子屋駒子』(60/三隅研次)
・『二人の武蔵』(60/渡辺邦男)
・『小太刀を使う女』(61/池広一夫)
・『すっとび仁義』(61/安田公義)
・『飛び出した女大名』(61/安田公義)
・『雑兵物語』(63/池広一夫)
・『桃太郎侍』(63/井上昭)
・『駿河遊侠傳 賭場荒し』(64/森一生)
・『駿河遊侠傳 破れ鉄火』(64/田中徳三)
・『駿河遊侠傳 度胸がらす』(65/森一生)
・『鼠小僧次郎吉』(65/三隅研次)
・『やくざ坊主』(67/安田公義)

特に目玉はないが、雑多なプログラムの中に日本初のヴィスタヴィジョン映画でありながらソフト化されていない『地獄花』が入っていたり、子母澤寛原作のもうひとつの「次郎長三国志」である『駿河遊侠傳』シリーズが入っていたり、大映ミュージカル『飛び出した女大名』があったり、三隅研次版のリメイクである井上昭版の『桃太郎侍』がラインナップされていたりと、バラエティに富む作品がずらり並んでいるのが嬉しい。長谷川一夫、山本富士子、市川雷蔵、勝新太郎など、大映のトップスターのスターがスターらしかった時代のオーラにも注目したい。


■  新藤兼人特集からは10本。そのうち3本は未ソフト化作品で観る機会も少ないレア作品である。

・『悲しみは女だけに』(58)
・『花嫁さんは世界一』(59)
・『らくがき黒板』(59)

要チェック!


■  チャンネルNECOでは、「ようこそ新東宝の世界へ」から3本。

・『地平線がぎらぎらっ』(61/土居通芳)
・『女王蜂の怒り』(58/石井輝男)
・『風雲急なり大阪城・真田十勇士総進軍』(57/中川信夫)

『地平線がぎらぎらっ』は新東宝末期に狂い咲いた悪党映画の佳作。文句なしに土居通芳の最高作である。丘の上の一本の木というのはなんと映画的なんだろうか! 『女王蜂の怒り』は4作作られた女侠客ものの先駆的シリーズの最高作。侠客ものでありながら、石井輝男のバタくさい演出はどうだ。キレのいい編集もすばらしい。『真田十勇士総進軍』は未ソフト化のレア作。映画音楽の代わりに全編童謡を使った奇想に大蔵貢が激怒したとか。合戦シーンに「桃太郎」が流れるなんぞかなり大胆な発想だと思うのだが。


■ 「名画 the NIPPON」からは4本。

・『天使の時間』(57/大庭秀雄)
・『青い山脈 新子の巻・雪子の巻』(57/松林宗恵)
・『夜の蝶』(57/吉村公三郎)
・『大日本コソ泥伝』(64/春原政久)

銀座のライバル関係にある実在のバーのマダムをモデルにした川口松太郎原作の映画化『夜の蝶』はニュープリント。片方のモデルのマダムについては、昨年評伝「おそめ」(石井妙子著、洋泉社)が出版されて評判になったばかり。実は、ヒット作ではあっても吉村にしては平凡な出来の映画より、この評伝のほうがよほどおもしろかったというのが本音ですが。 『青い山脈』は大ヒットした今井正版のリメイク。司葉子と宝田明の先生、久保明と雪村いづみの青春コンビなど、オリジナルの脚本をそのまま使いながら、オリジナルにあった民主主義謳歌のクサさが希薄になっていて好感が持てる。この作品は5回映画化されているが、最後のものを除いてすべて時代設定を最初の映画に合わせてあって、どれもそれなりにおもしろく見られる出来になっているが、最後の版(斎藤耕一監督)だけ時代を現代に置き換えてあって、FAXもある時代にどうしてラブレター事件なのかまるで理解できない愚作になっていて、リメイクというと安易に時代を現代に再設定する場合の難しさを感じさせた。それなのに主題歌と小道具の自転車は全作共通なのね。


■ 衛星劇場では、「日本映画監督列伝 田中徳三自選集」がある。田中徳三といえば、黒澤、溝口の助監督を務め、「グランプリ助監督」といわれたが、本来の師匠は森一生である。60年代には森一生、三隅研次、池広一夫、安田公義、井上昭らと並んで大映京都時代劇のローテーションを担った。

・『悪名』(61)
・『続・悪名』(61)
・『鯨神』(62)
・『宿無し犬』(64)

いずれも田中徳三の代表作である。『悪名』は長く続いたシリーズであるが、このシリーズは正直なところこの2本だけでじゅうぶん。同じように「犬」シリーズの中では、藤本義一が村野鉄太郎を擁護しようとも、今回放映される田中徳三の『宿無し犬』がいちばん出来がいい思う。


■ 「渋谷実生誕100年記念特集」は今回がPart9。

・『狐』(39)
・『南風』(39)

『狐』が激レア。27分という掌編であるがゆえにソフト化もされず上映の機会もなかったと思われる。要チェック。


■ 「メモリーズ・オブ・若尾文子」は、Part27。

・『四十八歳の抵抗』(56、吉村公三郎)
・『女は二度生まれる』(61、川島雄三)
・『勝利と敗北』(60、井上梅次)

石川達三のベストセラーの映画化である『四十八歳の抵抗』は映画になると奇怪なだけの凡作になってしまった。メフィストフェレス役の船越英二には爆笑できるけど。『女は二度生まれる』は出来不出来の激しかった川島が唯一大映で撮った3本だけは全部傑作であったけれど、その大映出向作品の最初の作品となる。


■ 「新銀幕の美女シリーズ」は香川京子自選集である。

・『しいのみ学園』(55/清水宏)
・『ひめゆりの塔』(53/今井正)
・『近松物語』(54/溝口健二)
・『山椒大夫』(54/溝口健二)
・『赤い陣羽織』(58/山本薩夫)
・『東京のヒロイン』(50/島耕二)
・『東京物語』(53/小津安二郎)

どれも巨匠による名作ばかり。香川京子は新東宝に入社したあと、早くにフリーになったので、5社協定に縛られずに各社の映画に出演できた。しかし彼女がこれだけ巨匠に重用されたのはそれだけでなく、成瀬巳喜男がいうように「クセがない」からなのだろう。今回のラインナップに『東京のヒロイン』が入っているのは、バレエを習っていた彼女にとってバレエを踊る場面があったので思い出深いとか。長谷川公之の脚本デビュー作である。


■ 「ニッポン無声映画探検隊 第18回」は、傑作時代劇2本。

・『鯉名の銀平 雪の渡り鳥』(31/宮田十三一)
・『砂絵呪縛』(27/金森万象)

前者は阪妻プロの数少ない残存作品のひとつ。長谷川伸の名作の映画化である。後者はマキノ御室の作品。月形龍之介の最初期の代表作である。


■ 市川雷蔵と勝新太郎特集からは、

・『千姫』(54/木村恵吾)
・『二十九人の喧嘩状』(57/安田公義)
・『遊太郎巷談』(59/田坂勝彦)
・『とむらい師たち』(68/三隅研次)
・『御用牙』(72/三隅研次)

『とむらい師たち』の摩訶不思議な展開に注目。『御用牙』はシリーズ第1作。劇画の映画化らしくデフォルメが楽しいが、2作目以降の破天荒さのほうをあえて評価したい。


■ 「リクエスト・アワー」からは、

・『3000キロの罠』(71/福田純)
・『魚河岸帝国』(52/並木鏡太郎)
・『山まつり梵天記』(42/石田民三)
・『思春期』(52/丸山誠治)
・『雪の炎』(55/丸林久信)
・『僕は独身社員』(60/古澤憲吾)

目玉作品は『思春期』。イタリア映画『明日では遅すぎる』(50/レオニード・モギー)がもたらしたいわゆる「性のめざめ映画」として続々と製作された作品の1本である。この手の映画の流行は、『娘はかく抗議する』(52/川島雄三)を経て、『十代の性典』4部作(53~54)で一挙に社会問題化し、やがて太陽族映画の登場でさらにエスカレートしていく。続編『続思春期』(53/本多猪四郎)は10月に放映予定。


■ 「日活ロマンポルノ傑作選」は「藤田敏八没後10年記念特集で4本を放映。

・『エロスの誘惑』(72)
・『エロスは甘き香り』(73)
・『危険な関係』(78)
・『八月はエロスの匂い』(72)

藤田敏八とロマンポルノは必ずしも相性がよかったといえないが、未DVD化の作品もあるので、録画しておきたい。