映画の中のジャズ、ジャズの中の映画 Text by 上島春彦
第73回 「ラウンド・アバウト・ミッドナイト」物語 その3
ギル・エヴァンスとマイルス
アレンジャー、ギル・エヴァンスの貢献②
アルバム「ラウンド・アバウト・ミッドナイト」“’Round About Midnight”(原盤COLUMBIA)収録のタイトル曲「ラウンド・アバウト・ミッドナイト」“’Round About Midnight”を聴いてみる(現在では正式タイトル自体「ラウンド・ミッドナイト」に訂正されているがマイルス版については中山康樹にならって「アバウト」を附しておく)。ネットだと例えばMiles Davis Quintet ‘Round Midnightという検索タイトルで出ていたりするが、結構色んな人が様々なタイトルでアップしているので各自工夫して選んでいただきたい。
最初のマイルスのトランペットによるテーマ演奏のバックでコルトレーンが吹くカウンター・メロディがギル・エヴァンスのアイデアだったことは前回記してあるが、もう一つの秀逸なアイデアもちらっと述べておいた。重複するが再び引用する。「テーマが終了すると、一転してビッグ・バンドの迫力あるサウンドが例のヴァンプを演奏するんだ。それをマイルスはコルトレーンとの二管でうまく表現していた」と。ここで言う「ヴァンプ」が先のスティット版の「ブリッジ」である。音楽用語としてのヴァンプとブリッジは必ずしも一致するわけではないが、聴いてから読めば何のことか分かるはず。テーマの演奏からソロに入る際に、別なメロディが挿入される。これのことだ。いちおう音楽用語としてのヴァンプにこだわれば、イントロとか間奏部にテーマ・メロディと異なり即興風に演奏される短い別パート、ということらしいが、この場合、即興ではなくギルは記譜してあった。中山はこの部分をこう記述している。

マイルスの繊細なミュート・ソロから無骨なジョン・コルトレーンのテナー・サックスのソロに移るブリッジ部分、突然静けさを破ってやってくる例の“ダッダッダ~ンダッダ、ダッダ~ダ、ダッダ~ダ、ダアアア~ン”のことである。この強烈なブリッジがあるために、この演奏は有名になったのではないか。(略)いまかいまかと“アレ”を待ちわびながら聴くのは、楽しいなったら楽しいな。以後マイルスはこの曲を何度も演奏しているが、すべてに“アレ”がある。

小川隆夫の①によるとマイルスがこのアレンジを採用したのは偶然のことからだった。マイルスがブラリとギルのアパートに立ち寄った日、たまたまギルは「ラウンド・アバウト・ミッドナイト」を編曲する。「そのアレンジを聴いて、マイルスは自分のレコーディングに使ってもいいかと聞いてきた。わたしに異存はなかったからOKしたんだけれど、譜面を渡した記憶はない。(略)驚いたのは、彼がわたしのアレンジを正確に覚えていて、メンバーに的確なアドヴァイスをしていたことだ。レコーディングはあっという間に終わった。それでマイルスは、わたしに向かってニヤッと笑い、これでいいんだろ、という仕草をしてみせたんだ。」小川がギルから直に聞き出した証言である。その場の情景が目に浮かぶようだ。小川はマイルス本人からも証言を得ている。

最初のアルバムは、それまでのイメージを変えるものにしたかった。レギュラー・グループによる初めてのレコーディングでもあったから、グループのイメージを強調したかった。けれど、コルトレーンもレッドも、オレに言わせりゃ未熟だった。そこでテーマにしてもソロにしても、オレが中心になってやらなけりゃならなかった。

みたび、なるほど。説明を加えておくと、ここでの「レギュラー・グループ」とはマイルスをリーダーにしてジョン・コルトレーン(テナー・サックス)、レッド・ガーランド(ピアノ)、ポール・チェンバース(ベース)、フィリー・ジョー・ジョーンズ(ドラムス)を擁するクインテットである。彼は晩年に至るまで繰り返し様々なメンバーによるレギュラー・グループを率いたが、その最初のものだ。知名度も人気も一二を争う名五重奏団である。いちおう「ファースト・クインテット」と呼んでもいいと思う。「いいと思う」などと多少弱腰なのは、これが「ファースト」ならば「セカンド」は「サード」は、と言いだすとそっちがあやふやになるからだ。だからファーストだけを確定とし、それ以降はまた違う呼び名にしたいと考えている。

アルバム『サミット・ミーティング・アット・バードランド/チャーリー・パーカー』
ここで一旦、本アルバムで完成したマイルス版「ラウンド・アバウト・ミッドナイト」の音楽的な構成を整理しておこう。まずイントロ。これはディジー・ガレスピーの編曲による。前回紹介したネット音源Charlie Parker Dizzy Gillespie‘Round Midnight(チャーリー・パーカー・ディジー・ガレスピー・ラウンド・ミッドナイト)を聴けばその感じが分かる。ただしガレスピーはそのイントロもアクロバチックな超絶技巧で決めているが、それをさらりと簡潔に整理したのがマイルス=ギル版の特徴だ。ところでこの「パーカー=ガレスピー」版の同曲は意外とあっさり収録アルバムを見つけることが出来た。「サミット・ミーティング・アット・バードランド/チャーリー・パーカー」“Summit Meeting at Birdland/Charlie Parker”(SONY)。これはラジオのエアチェックをレコード化したもの。クラブ「バードランド」からの放送番組DJがシンフォニー・シッドで、LPレコードA面を構成する4曲の内1曲が「ラウンド・ミッドナイト」であった。他の3曲も名演なのでネット音源を気にいった方は購入して損はない。というのは話がそれた。
イントロに続いて主メロディをマイルスが演奏。いずれもバックに小さくコルトレーンが裏メロ。続いて「例のダッダッダ~ン」つまりヴァンプ(ブリッジ)が入ってからコルトレーンのソロへ。再び短く主メロ、そしてガレスピー編曲によるエンディング、となる。全体でわずか6分のパフォーマンスの中にきっちりと言うべきこと「だけ」が収められている印象。このコンパクトな印象がどこから来るかというと、多分、ヴァンプが中途で挿入されることで、それ以前の部分が主メロというよりもコルトレーンのソロのためのイントロのように機能するからだと思う。マイルスが全篇を統率していながら、同時に主役がコルトレーンのテナーのような感じと言えば良いか。あたかも「イントロ&イントロ(マイルス)、ソロ(コルトレーン)、エンディング(マイルス&コルトレーン)」のような作り。ベースソロ、ドラムソロがないのはもちろんピアノのソロすらない。この潔さは大変なものだ。が、ギルのアレンジが本来ヴォーカリストのためのものだったという証言にもその「潔さ」のヒントがつまっている。つまり楽器演奏が主体だと、ついソロの連続で安直にいってしまうところを、歌手用だから枠組みをかちっと作る構造になったのではないか。枠組みマイルス、歌手コルトレーン、という分担に聴こえるのだ。
ともあれギルの好アレンジを得て、マイルスの「何とか自分流の『ラウンド・アバウト・ミッドナイト』を作り上げたい」という願いはかなったことになる。前回記しておいたようにこの録音は公式には「コレクターズ・アイテム」“Collectors’ Item”(PRESTIGE)盤収録に次いで二度目であった。