映画の中のジャズ、ジャズの中の映画 Text by 上島春彦
第38回 アメリカ60年代インディペンデント映画とジャズ   その4 『アメリカの影』の映画史的位置その他
ミンガスの影、シャフィ・ハディ
初めて『アメリカの影』“Shadows”が公開された時から、そのジャズ映画的側面が注目されてきたのは前回記述してある。音楽はチャールズ・ミンガスである。「ジョン・カサヴェテスは語る」(遠山純生・都筑はじめ訳、発行ビターズ・エンド)でも、この映画音楽について述べられていた。 やはり当事者に聞かなくてはわからないことというのはあるもので、思いがけない発言があまりに多い。最初はマイルス・デイヴィスに依頼するつもりだったらしいが、彼が大手コロンビアと契約してしまったために断念した。そういう「エスタブリッシュ」な人、つまり俗物とは組みたくない、というニュアンスで語られる。兄弟妹の一人ベン・カラザースがトランペッター志望の設定だったからマイルスが担当していたら物語にもう少し同調して現行の版とは異なる雰囲気が醸成されていただろうが、しかし『アメリカの影』には合わなかった気がする。
同じ頃、やはりマイルスに音楽を依頼しようとして果たせなかったのがジョゼフ・ロージー監督の『エヴァの匂い』“Eva”(62)である。ロージーはマイルスの音楽と女性歌手ビリー・ホリデーのレコードを組み合わせる方針だった。ロージーはそもそもホリデーをその若き日、彼女を世に出したプロデューサー、ジョン・ハモンドと一緒に聴いたという特権的体験者だからこのコンセプトには彼なりの思い入れはあったのだ。この目論みは頓挫しているが、替わりにミシェル・ルグランがそのコンセプトに則って音楽を構成しており、近年サウンドトラック盤『〈チネヴォックス・サウンドトラック・シリーズ15〉エヴァの匂い』“Bande Originale du Film EVA”(Cinevox)がリリースされて映画ジャズ音楽ファンは狂喜した。アルバムには映画中で使われたホリデーの歌唱による「柳よ、泣いておくれ」“Willow Weep for Me”は収録されていない。これを聴くならばホリデーのアルバム「レディ・シングス・ザ・ブルース」“Lady Sings the Blues”(Verve)をどうぞ。

こうした例からは『死刑台のエレベーター』が映画人に与えたインパクトを間接的に知ることが出来るものの、マイルス自身はその後長いこと映画音楽を担当することはなかった。続いてカサヴェテスが白羽の矢を立てたのがミンガスである。「誰かがヴィレッジに何枚かレコードを出してるすごい即興アーティストがいると言った。それでぼくは何枚か聴いてみて、ウオッ!となった――こいつは素晴らしいや!! チャーリー・ミンガスだ」。カサヴェテスは早速彼と連絡を取った。ミンガスは「なあおい、あんた俺をかつぐ気か? でも俺のために何かしてくれなきゃいけないぜ」と要求を出し、交渉は成立した。引き続き引用したい。

ようやく録音のために集まる。映写技師が座りぼくが見守っている中、三時間で二度のセッションをやった。彼は十四秒分の音楽を作る。みんなが言う。「チャーリーに即興演奏してくれって頼もうぜ」。それからあらゆる助言が飛び交い始める。それでぼくが言う。「さあチャーリー、あんた即興演奏が出来るんだろ。あんたは最高だよ、手持ちのテーマから即興できるだろ」。「駄目だ、そんなことできんよ! できん! 俺たちはアーティストだ(略)」。彼等は総譜を少し書き、残りを即興演奏して、チャーリーが「イエスにすがって」を歌っていくらかピアノを弾き、そしてフィニアス・ニューボーン・ジュニアがバスを引き継いだ。(略)最初のセッションで、彼は約二分半ぶんの音楽を譜面にした……チャーリーは映画が公開されて二年ぐらい経ってからようやく総譜を書きあげて、それをあちこちのクラブで演奏した。

ここからわかるように、この時点でミンガスによる映画音楽、音源はかなり短い。「その後、ぼくはチャーリーを探した。彼はティファナ(メキシコ北部の、米国との国境に近い観光都市)へ行っていた。それでぼくはシャフィ・ハディと連絡を取った。ぼくが言う。『シャフィ、いいか、この部分に音楽を入れなきゃならない。どこにチャーリーがいるか知ってるか? 彼が見つからないんだ。とにかくぼくはこの映画を完成させなきゃならない。もう三年もかかってるんだ』。すると彼は言った。『よし、協力してやるよ。即興しようぜ。100ドルもらいたい』」というわけで、実のところ『アメリカの影』の音楽はミンガスと同等に、或いはそれ以上にシャフィ・ハディの貢献度が高いのである。それはクレジットを読めば一目瞭然。ちゃんと音楽担当者「シャフィ・ハディ(サックス・ソロ)、チャールズ・ミンガス」と連名になっているのだ。