映画の中のジャズ、ジャズの中の映画 Text by 上島春彦
第30回 アンドレ・プレヴィンのジャズ体験   その5 マイ・フェア・レディズ・アンド・ピグマリオン
西海岸も時には熱くなる
今回は「ジャズ・ウェスト・コースト 五十年代LAのジャズ・シーン」(ロバート・ゴードン著。JICC出版局)の引用から始めたい。シェリー・マンをリーダーにした「シェリー・マン&ヒズ・フレンズ」の「マイ・フェア・レディ」“My Fair Lady”(Contemporary)に関して(正式英語タイトルは長いので前回参照)である。録音日時は1956年8月17日。この点について本書は誤っているようだ(57年と書かれているのである)。この書は五十年代に一世を風靡しながら、やがて人気面でも批評的にもゆるやかにフェイド・アウトし、単なる一過性のトレンド、装飾過多な邪道の音楽に過ぎなかったと受け止められるようになってしまっていた「ウェスト・コースト・ジャズ(西海岸派ジャズ)」の再評価を目論んだもの。著者の意気込みは見事結実し、現在ではこの書なくしては誰にもこの時代のジャズを語れない。マンもアンドレ・プレヴィンも代表的な西海岸派だから、ここは是非とも本書に語っていただこうと思う。

アルバムは『教会に間に合うように連れて行ってくれ』“Get Me to the Church on Time”の感動的なバージョンで始まる。当時プレヴィンは、ジャズ評論家の攻撃の的になっていた。彼のピアノ・スタイルはオリジナリティに欠けるし、仕事の範囲を広げすぎ、というのだ。その批評は確かだが、しかしプレヴィンはスイングしないというわけではなかった。事実この曲では湯気が立つようなホットな演奏を繰り広げる。『君住む街で(君住む街角)』“On the Street Where You Live”と『ウドント・イット・ビー・ラバリー(そうなったら素敵)』“Wouldn’t It Be Loverly”は、ファンキーな二拍子にリラックスした四拍子のソロが続く曲。シェリーの言葉どおり(この点は前回参照。上島注)テンポやタイムに制約はない。元のワルツ・ナンバー『ショウ・ミー』“Show Me”は明るい四拍子でスイングし、一方、舞台で取り上げられた英国のミュージカル・ナンバー『ちょっぴり幸せ(運が良けりゃ)』“With a Little Bit of Luck”は、ロマンティックなバラードに仕上げられている。もう一つのバラード『彼女の顔に慣れてきた』“I’ve Grown Accustomed to Her Face”ではプレヴィンの優しいピアノが、シェリーのマレットと協調し合う。そして『アスコット・ガボット』“Ascot Gavotte”と『一晩中踊れたら』“I Could Have Danced All Night”は、ともに急速調のスインガーである。三人のミュージシャンが演奏中つねに、瞬間的に心を通わせ、互いに反応する様は、ほかの多くのレギュラー・グループから羨望の眼差しで見られたのである。(訳上田篤、後藤誠)」。

楽曲の日本語題というのは便利なようで意外とそうでもない。そのタイトルはほとんど定着しないからだ。業界的な事情には明るくないが、そもそも定着させようという気もなさそうだ。同じアルバムでも出る度にタイトルが替わるというのも珍しくない世界だから、あまり異議を唱えてもしょうがないか。マイルス・デイヴィスの「カインド・オブ・ブルー」“Kind of Blue”(Columbia)も最初の日本語題は「トランペット・ブルー」だ。何かニニ・ロッソのムード・ミュージックみたいである。そんなことはどうでもいい。それで上の楽曲。そういう次第で一応、英語タイトルも記入しておいた。日本語訳とよく比較して見れば明らかな誤訳もあるわけだが、これは翻訳者の責任ではない。レコードに書かれたとおりにしているからである。なので、一応より通りが良い日本語題もカッコに入れて記入してある。これは翻訳的には間違いはない。